彼氏Dさん&台湾出身の元保護犬Coco(2020年没)と共にひっそりと
慎ましく暮す男の地味でありふれた 日常生活日記
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先日Dさんの弟くんが仕事でミズーリ州からこちらの方にやってきていました。木曜日に仕事が終わり金曜日に帰るというので、木曜日の夜に一緒に食事に行こう~と言うことになっていました。Dさんと弟くんはとっても仲が良く、Dさんは弟くんが気に入りそうなレストランを念入りに選んで、メニューを送るなど楽しそうに準備をしていました。
木曜日の夕方、僕がそろそろ仕事を終えて家に帰ろうかと思っていた頃、在宅勤務のDさんからメッセージがやってきました。メッセージには、弟が知らない女性と一緒に家に来た~!なんでも彼の秘書なのだそうだが、そんなの聞いていないぞ~という感じのものが書かれていました。まあ、弟くんのように副社長になると大きい商談だったようですし、出張にも秘書を伴ってやってくるのでしょうね。
弟くんと一緒に水入らずで食事をすることを楽しみにしていたDさんは、この見知らぬ秘書の登場に少しがっかりしていたようでした。どうも弟くんは事前にそれを伝えたつもりでいたのだったが、失念していて連絡をしておらず、連絡をした気になっていてDさんがこれどういうこと?みたいな質問をされて初めて自分が連絡をしていなかったことに気が付いたようです。
まあ、でも基本的に親切でいい感じの女性だったので問題ないようでしたが、やはり問題は生じました。家に帰ってみるとDさんはワインで、弟くんはビールで談笑をしていて秘書さんは水を飲んでいるのです。僕が、あれ?秘書さんも何か飲まないのかな?とDさんに聞くと、秘書さんはワイン系がダメということでした。それなら~と僕のストックしているビールは?と聞くとIPAなのでダメ。
彼女はビールは好きだけれどアメリカ~んなビールで、クラフトビールは全く受け付けないとのことでした。ちなみにどんなビールが好きなのかと聞くと、クアーズライトやバドワイザーなどごくごく一般的なアメリカンなビールでして、それ以外は飲まないそうです。基本的に僕はこういうビールが大っ嫌いなのでもちろん我が家には、これらはなくそれに近いビールもストックしておりませんでした。
まあ、アメリカ人の特に真ん中の人ってすごく保守的で変わったものが受け付けられないみたいですね。その後、食事に行こうという時に、Dさんが事前に弟くんに渡した厳選したレストランセレクションのメニューを見ても、案の定というか彼女は全くダメでした。ごくごく一般的なアメリカ~んな食事しか食べることができないというのです。つまり、魚はだめ、野菜系もあまり興味なし。
もちろんアジアン系もダメ、手の込んだイタリアンもフレンチもダメ。それを聞いて弟くんと美味しい食事の楽しみにしていたDさんはかなりがっかりしていたようでした。思えば10年ほど前の弟君もかなりの偏食であったことを思い出します。結局彼女が食べれるのはチェーン店系のハンバーガー、ステーキ、ピザくらいということが判明しました。アメリカ中央部分の人のあるあるですね。
まあ、嘆いてもしょうがないということで、それだったらチェーン店系のステーキハウスならみなさんOKじゃないかい?と僕が提案すると、秘書さんはOK、弟君もOK、Dさんも渋々OKということで無難なアメリカーンステーキハウスのOutbackの方に行くことになりました。ちなみにこのお店、僕達は10年以上ぶりでの訪問ですのでどんなものか全く予想がつきません。
木曜日の夜でしたので予約がいるかDさんがお店の方に電話すると、なかなか電話がつながらずやっとつながった後話してみると、ものすごく態度の悪いたぶん黒人女性的な声での対応。Dさんがお店は混んでいるか?予約は必要か?と尋ねると、I don't know.だけ…待ち時間はどれくらいか?と聞いても、Not Sure、30分?というくらいのそっけない対応に悪い予感しかしませんでした。
まあ、どちらにしてもあまり選択肢のないこの状況ですのでお店の方に向かい到着すると、お店はガラガラ、待ち時間なしで着席することができました。それでも僕たちの席の担当は、いい感じのフィリピン系の30代くらいのハキハキとした男性でしたのが救いでした。しかし、まもなくこの男性もハズレ系だったということが判明します。彼、全く記憶力が弱いような感じでした。
最初のあいさつで、ドリンクのオーダーをとって、厨房に消え去るとそのあとこちらが彼どうなったのか?と思うくらい戻ってきません。そしてやっと戻ってきたと思っても何食わぬ顔をして、さあドリンクはどうしましょうか?とのことで皆さん啞然。僕達がかなり前にもうドリンクオーダーしたのだけれどと言うと、Oh Yes!I know that!と取り繕いすぐにもってくるから~と言って去っていこうとします。
そこを引き留めて、もう皆さん食事のオーダーができるからついでにもうオーダーをとってくれるというとOK!ということでオーダーしましたが、僕達の食べたかったものは軒並み品切れ。ええ?!チェーン店でそういうことあるの?これってこのお店の主力のステーキじゃない?それがないの?と残念なことに、結局他のステーキをオーダーすることになりました。
もうこうなると嫌な予感しかしません。もちろんドリンクもなかなか来ませんし、サラダもなかなか来ません。パンを持ってくると言ったけれど、それもやってきません。ウェイターの彼はいったん消えると再び店内にやって来るのはかなり時間が経った後という始末。皆さんしびれを切らせて、やっと彼が店内に戻ってきた時に、食事はいつ運ばれるのか問いた出しました。
OK,OK、もうすぐだから~と厨房へ消え去りまして、かなり時間が経った後で、パンもドリンクも、サラダも一緒に一気にやって来るという感じでした。このお店一体どういうことなのだろうか?彼は本当に仕事をしてるのだろうか?という疑問が出てきます。もちろんステーキの方もかなり時間が経ってやってきました。やっとたべれるぞ~と食事を始めようとします。
が、そのステーキは見るからに焼き立てではなく、かなり時間が経ってからこのテーブルにやってきたことがわかります。ステーキを触ってみると、もうほぼ冷たい。僕のステーキには付いているはずのソース類もなし。Dさんはこれに憤慨、ウェイターはなかなかやって来ないのは学習済みなので彼は席を立ち店内を見て回り彼を見つけて僕たちの席の方に来るように伝えました。
彼がやってきてステーキが冷たいこと、ソース類が来ていないことを告げると、申し訳なさそうにすぐにやり直すから~と僕とDさんのお皿を厨房の方にもっていきました。弟くんと秘書さんはそこまで気にならないとのことでそのまま冷めたステーキを食べることにしたようです(涙)。で、結局僕たちの料理がやってきたのは弟くんと秘書さんが食べ終わったころ。もちろん僕のソースはまだ未到着。
肝心のステーキは1枚5000円ほどでしたが、可もなく不可もないレベルのお肉でして、ソースがやってくる頃には僕はほとんどステーキを食べ終わっているというかなりお粗末な結果となりました。お店の初期対応、ウェイター、サービス、食べ物の質、すべてをもっても期待をかなり下回る結果となりました。Outbackステーキハウスはもっとまともなお店かと思っていましたが、期待を裏切られました。
Dさんは弟くんとのこの食事をとっても期待していたので、この結果にはかなり残念がっていました。美味しい食事をして楽しい話をする時間を期待していたのに、結局は文句しか出ないような食事会になってしまったのですからしょうがないことです。弟君にはさすがに言ってはいませんでしたが、僕に次回はこの偏食家の秘書さんが来ないといいな~なんて漏らすくらいでした。
やはり人員不足で未経験者やサービスを理解していない人を雇わなくてはいけない御時勢なのでしょうか? 僕も久しぶりにこんなハズレのレストラン経験をしてしまい、暫くこういう目には合っていませんでしたが、これはこの国では頻繁にあってもおかしくないのだよな~と再確認したくらいの悲惨なお食事会でした。このお店の再度訪問は一生ないことでしょう(笑)。
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木曜日の夕方、僕がそろそろ仕事を終えて家に帰ろうかと思っていた頃、在宅勤務のDさんからメッセージがやってきました。メッセージには、弟が知らない女性と一緒に家に来た~!なんでも彼の秘書なのだそうだが、そんなの聞いていないぞ~という感じのものが書かれていました。まあ、弟くんのように副社長になると大きい商談だったようですし、出張にも秘書を伴ってやってくるのでしょうね。
まあ、でも基本的に親切でいい感じの女性だったので問題ないようでしたが、やはり問題は生じました。家に帰ってみるとDさんはワインで、弟くんはビールで談笑をしていて秘書さんは水を飲んでいるのです。僕が、あれ?秘書さんも何か飲まないのかな?とDさんに聞くと、秘書さんはワイン系がダメということでした。それなら~と僕のストックしているビールは?と聞くとIPAなのでダメ。
彼女はビールは好きだけれどアメリカ~んなビールで、クラフトビールは全く受け付けないとのことでした。ちなみにどんなビールが好きなのかと聞くと、クアーズライトやバドワイザーなどごくごく一般的なアメリカンなビールでして、それ以外は飲まないそうです。基本的に僕はこういうビールが大っ嫌いなのでもちろん我が家には、これらはなくそれに近いビールもストックしておりませんでした。
まあ、アメリカ人の特に真ん中の人ってすごく保守的で変わったものが受け付けられないみたいですね。その後、食事に行こうという時に、Dさんが事前に弟くんに渡した厳選したレストランセレクションのメニューを見ても、案の定というか彼女は全くダメでした。ごくごく一般的なアメリカ~んな食事しか食べることができないというのです。つまり、魚はだめ、野菜系もあまり興味なし。
まあ、嘆いてもしょうがないということで、それだったらチェーン店系のステーキハウスならみなさんOKじゃないかい?と僕が提案すると、秘書さんはOK、弟君もOK、Dさんも渋々OKということで無難なアメリカーンステーキハウスのOutbackの方に行くことになりました。ちなみにこのお店、僕達は10年以上ぶりでの訪問ですのでどんなものか全く予想がつきません。
木曜日の夜でしたので予約がいるかDさんがお店の方に電話すると、なかなか電話がつながらずやっとつながった後話してみると、ものすごく態度の悪いたぶん黒人女性的な声での対応。Dさんがお店は混んでいるか?予約は必要か?と尋ねると、I don't know.だけ…待ち時間はどれくらいか?と聞いても、Not Sure、30分?というくらいのそっけない対応に悪い予感しかしませんでした。
まあ、どちらにしてもあまり選択肢のないこの状況ですのでお店の方に向かい到着すると、お店はガラガラ、待ち時間なしで着席することができました。それでも僕たちの席の担当は、いい感じのフィリピン系の30代くらいのハキハキとした男性でしたのが救いでした。しかし、まもなくこの男性もハズレ系だったということが判明します。彼、全く記憶力が弱いような感じでした。
そこを引き留めて、もう皆さん食事のオーダーができるからついでにもうオーダーをとってくれるというとOK!ということでオーダーしましたが、僕達の食べたかったものは軒並み品切れ。ええ?!チェーン店でそういうことあるの?これってこのお店の主力のステーキじゃない?それがないの?と残念なことに、結局他のステーキをオーダーすることになりました。
もうこうなると嫌な予感しかしません。もちろんドリンクもなかなか来ませんし、サラダもなかなか来ません。パンを持ってくると言ったけれど、それもやってきません。ウェイターの彼はいったん消えると再び店内にやって来るのはかなり時間が経った後という始末。皆さんしびれを切らせて、やっと彼が店内に戻ってきた時に、食事はいつ運ばれるのか問いた出しました。
OK,OK、もうすぐだから~と厨房へ消え去りまして、かなり時間が経った後で、パンもドリンクも、サラダも一緒に一気にやって来るという感じでした。このお店一体どういうことなのだろうか?彼は本当に仕事をしてるのだろうか?という疑問が出てきます。もちろんステーキの方もかなり時間が経ってやってきました。やっとたべれるぞ~と食事を始めようとします。
彼がやってきてステーキが冷たいこと、ソース類が来ていないことを告げると、申し訳なさそうにすぐにやり直すから~と僕とDさんのお皿を厨房の方にもっていきました。弟くんと秘書さんはそこまで気にならないとのことでそのまま冷めたステーキを食べることにしたようです(涙)。で、結局僕たちの料理がやってきたのは弟くんと秘書さんが食べ終わったころ。もちろん僕のソースはまだ未到着。
肝心のステーキは1枚5000円ほどでしたが、可もなく不可もないレベルのお肉でして、ソースがやってくる頃には僕はほとんどステーキを食べ終わっているというかなりお粗末な結果となりました。お店の初期対応、ウェイター、サービス、食べ物の質、すべてをもっても期待をかなり下回る結果となりました。Outbackステーキハウスはもっとまともなお店かと思っていましたが、期待を裏切られました。
Dさんは弟くんとのこの食事をとっても期待していたので、この結果にはかなり残念がっていました。美味しい食事をして楽しい話をする時間を期待していたのに、結局は文句しか出ないような食事会になってしまったのですからしょうがないことです。弟君にはさすがに言ってはいませんでしたが、僕に次回はこの偏食家の秘書さんが来ないといいな~なんて漏らすくらいでした。
やはり人員不足で未経験者やサービスを理解していない人を雇わなくてはいけない御時勢なのでしょうか? 僕も久しぶりにこんなハズレのレストラン経験をしてしまい、暫くこういう目には合っていませんでしたが、これはこの国では頻繁にあってもおかしくないのだよな~と再確認したくらいの悲惨なお食事会でした。このお店の再度訪問は一生ないことでしょう(笑)。
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ここのところ仕事がもの凄く忙しくて、良くないのはわかっているのですが、毎日のように週末を待ち焦がれるような日々を過ごしていまして、週末になると何もする気が起きないという感じでした。2021年に作った味噌も、そろそろ次を仕込んでおかないと途中で供給がストップしてしまうということもわかっていましたが、なかなか作る気も起きませんでした。
味噌というのは超のつくくらいのスーパースローフードなので出来上がりに時間がかかります。ですから、なくなった~それじゃあ作ろうか~と言うのでは遅すぎるのですが、危機感が迫って来ないのでなかなか重い腰を上げることができませんでした。しかし、ストレスMAXで無気力だったので、こういう時は敢えて味噌づくりがセラピーになるのではと思い決行しました!
まずは有機栽培の乾燥大豆を水に2晩寝かしました。
参考にした情報はこちらの味噌屋さんのものです。
前回は作りすぎた感がありましたので、今回はその半分以下で作ることにしました。乾燥大豆は500g、麹は1200g、塩は700gくらいでして、もともといい加減な性格なので細かく量ることはなく、パッケージの内容量の表示を見て適当に作るというスタイルです。それに味噌は、麹が多ければ甘口に、塩が多ければ辛口に、寝かす時間が長ければ赤味噌に~と様々なので適当でも何とかなります(笑)。
圧力鍋があると簡単にこの大豆も煮ることができるのでしょうが、我が家には圧力鍋というファンシーなものもスロークッカーもありませんので、普通の鍋で煮て、煮た後は熱々の状態の鍋をタオルなどで何重に巻いて保温してスロークック方式。とってもアナログです。これを2晩ほど続けたところ大豆は倍以上の大きさになり、指でつまむとほろりと崩れるくらいの柔らかさになりました。
さて、大豆がいい感じになったところで味噌の仕込みを始めます。最近は麴ブームも手伝ってこちらの日系スーパーでは乾燥麹が簡単に手に入るようになりました。それも米国現地生産なので値段もそれほど高くないのがいいですね。これで甘酒なども作れるので重宝します。お塩の方はやはり少し高いのですが、にがり入りの日本の海水塩を使うことにしました。
大豆がある程度熱い状態で作るのがいいということなので、仕込みの前にもう一度鍋に火を入れて熱くなったところで作業を始めます。まず最初は大豆をつぶします。以前は我が家にはフードプロセッサーもなかったので手作業で大豆をつぶしていましたが、これがかなりの重労働でした。しかし~今はフードプロセッサーがあるので大量の大豆もあっという間にペースト状態にできました!
アツアツのペースト状になった大豆に、乾燥麹、塩を混ぜて練っていきます。乾燥麹はその名の通り、思いっきり乾燥しているので大豆の煮汁を加えながら適度に調整して、ねっとりとだんごができるような状態に練りこんで、しっかりと混ぜていきます。この作業中はもちろん80年代のアイドル特集がバックグラウンドミュージックです(笑)。
こういう練り練り作業は、なかなかヒーリング的な作業でいいですね。力のいる面倒なことではあるのですが、頭の中を空っぽにして手の触感を頼りに行っていると、何となくストレス発散ができているような気がしました。それに若い頃に聞いた音楽を聴くと、ふとした時にその時の楽しい思い出や苦い思い出が沸き上がってきて、現実逃避としてはなかなか面白いものであります。
しっかりいい硬さで大豆、塩、麹が良く混ざってまとまってきたら、味噌だんごを作ります。
(写真撮影はDさん)
これを作ると、味噌を容器に入れるとき投げ入れることが出来き、味噌の中に不必要な空間ができることを避けることができるとのことなので僕もそれを実行しています。その味噌だんごがすべてできたところで容器に移し替えしました。
全ての味噌だんごをこちらの容器に入れ、しっかりと空気を抜いてから上部に塩を塗り、カビができるのを防ぎます。完成したところで、ミスに気が付きました! 資料によると前に作った味噌を種味噌のようにして一緒に混ぜるとより風味深い味噌ができるとのことなのですが、すっかり失念してしまっていました。まあ、そのままでも問題はないはずなので良しとしましょう。
こんな感じで味噌を作りましたが、思ったよりも重労働でもなく90分ほどで完成しました。作ってみると作ったぞ~と言う達成感もあり、やる気がなくなかなかできなかったけれどどうにかこうして動いた自分を褒めてあげたくなりましたし、ストレス解消にもなりました。やはり疲れていて面倒くさいな~と思っている時は敢えてその気持ちに対抗して、面倒くさいことをやると結構いい気分になりますね。
この味噌が食べれるようになるのは多分半年以上後のことでしょう。その時はまた報告させてください!
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まずは有機栽培の乾燥大豆を水に2晩寝かしました。
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前回は作りすぎた感がありましたので、今回はその半分以下で作ることにしました。乾燥大豆は500g、麹は1200g、塩は700gくらいでして、もともといい加減な性格なので細かく量ることはなく、パッケージの内容量の表示を見て適当に作るというスタイルです。それに味噌は、麹が多ければ甘口に、塩が多ければ辛口に、寝かす時間が長ければ赤味噌に~と様々なので適当でも何とかなります(笑)。
さて、大豆がいい感じになったところで味噌の仕込みを始めます。最近は麴ブームも手伝ってこちらの日系スーパーでは乾燥麹が簡単に手に入るようになりました。それも米国現地生産なので値段もそれほど高くないのがいいですね。これで甘酒なども作れるので重宝します。お塩の方はやはり少し高いのですが、にがり入りの日本の海水塩を使うことにしました。
アツアツのペースト状になった大豆に、乾燥麹、塩を混ぜて練っていきます。乾燥麹はその名の通り、思いっきり乾燥しているので大豆の煮汁を加えながら適度に調整して、ねっとりとだんごができるような状態に練りこんで、しっかりと混ぜていきます。この作業中はもちろん80年代のアイドル特集がバックグラウンドミュージックです(笑)。
しっかりいい硬さで大豆、塩、麹が良く混ざってまとまってきたら、味噌だんごを作ります。
(写真撮影はDさん)
全ての味噌だんごをこちらの容器に入れ、しっかりと空気を抜いてから上部に塩を塗り、カビができるのを防ぎます。完成したところで、ミスに気が付きました! 資料によると前に作った味噌を種味噌のようにして一緒に混ぜるとより風味深い味噌ができるとのことなのですが、すっかり失念してしまっていました。まあ、そのままでも問題はないはずなので良しとしましょう。
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Dさんの父方のおじいさん、おばあさんはご存命です。しかし、そろそろいつお迎えが来てもおかしくないよと父方のおばさんから連絡があったのは数か月前のことでした。彼らは東海岸の方に住んでいますので、そう簡単に訪問できる場所ではありませんが、お葬式に参列するよりも生きているうちにあっておいた方がいいだろう~ということでDさん単独で訪問してきました。
おじいさんは98歳、おばあさんは97歳と、なかなかのご長寿ですが、おじいさんの方は心臓の方が悪くホスピスケアの施設で住んでおり、おばあさんは盲目になり食道系問題で要介護施設での暮らしとなっているそうです。おじいさんの方はアルツハイマーになっていて、記憶の方はあまり定かではないようですがDさんのことは何となく覚えているようだったそうです。
一方のおばあさんの方は、目が見えないし食事をとることができないのでチューブでの栄養補給となっているそうですが、頭の方は聡明でDさんのことをしっかりと覚えていて彼の誕生日まで記憶しているというものだったそうです。Dさんは久しぶりに父方のおばさんファミリーはとってもリベラルでとっても親切だったらしく、彼らと一緒の時間は心地よいものだったそうです。
さて、Dさん帰ってくる東海岸からサンフランシスコへのフライトは午後8時半の到着でした。この日は土曜日でしたので、僕が迎えに行くこととしました。そのついでに、夕飯はサンマテオの方で済ませてみようと計画しまして、こちらのコメントでDavidさんが、居酒屋銀次は日本人シェフ監修のレストランでして、炭焼きの焼き鳥が美味しいよ~と教えてくれましたのでそちらに行くことにしました。
こちらのお店は前から名前は聞いたことがあったのですが、今まで訪問したことがありませんでした。サンマテオという町はラーメンもその他の日本食もいろいろな選択肢があり楽しい街ですね!さて居酒屋銀次さんのメニューを見てみると、焼き鳥はもちろんのこと、定食、カレー、ラーメン、蕎麦うどんなどいろいろなものがあるようでした。
Izakaya Ginji
301 E 4th Ave,
San Mateo, CA 94401
人気店ということなので、おひとり様でしたが一応予約を取っていきました。お店に入るとその旨を伝え、一人なのにテーブルかカウンターのどちらもOKですよ~と快く迎えてくれましたのでテーブル席を選択。お店の中は炭焼きのいい匂いがしています。まずは焼酎のロックを頼みまして、焼き鳥を怒涛の如く頼みました。皮、ハツ、もも、ネギ、砂肝、大根サラダなどなど。
本当に炭火で焼いてくれ、焼き立てをテーブルに持ってきてくれるのでアツアツの風味豊かな焼き鳥を楽しめます。やはり炭火焼は美味しいですね~感激しました。Dさんのフライトは予定時刻よりも20分ほど早く到着しているとのことでしたので、ここで切り上げて空港へ。少し家から遠いですが、今度は絶対にDさんも連れてやってきたいです。値段は安くなく、これだけ食べて$100超えでしたが満足しました。
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一方のおばあさんの方は、目が見えないし食事をとることができないのでチューブでの栄養補給となっているそうですが、頭の方は聡明でDさんのことをしっかりと覚えていて彼の誕生日まで記憶しているというものだったそうです。Dさんは久しぶりに父方のおばさんファミリーはとってもリベラルでとっても親切だったらしく、彼らと一緒の時間は心地よいものだったそうです。
さて、Dさん帰ってくる東海岸からサンフランシスコへのフライトは午後8時半の到着でした。この日は土曜日でしたので、僕が迎えに行くこととしました。そのついでに、夕飯はサンマテオの方で済ませてみようと計画しまして、こちらのコメントでDavidさんが、居酒屋銀次は日本人シェフ監修のレストランでして、炭焼きの焼き鳥が美味しいよ~と教えてくれましたのでそちらに行くことにしました。
こちらのお店は前から名前は聞いたことがあったのですが、今まで訪問したことがありませんでした。サンマテオという町はラーメンもその他の日本食もいろいろな選択肢があり楽しい街ですね!さて居酒屋銀次さんのメニューを見てみると、焼き鳥はもちろんのこと、定食、カレー、ラーメン、蕎麦うどんなどいろいろなものがあるようでした。
Izakaya Ginji
301 E 4th Ave,
San Mateo, CA 94401
本当に炭火で焼いてくれ、焼き立てをテーブルに持ってきてくれるのでアツアツの風味豊かな焼き鳥を楽しめます。やはり炭火焼は美味しいですね~感激しました。Dさんのフライトは予定時刻よりも20分ほど早く到着しているとのことでしたので、ここで切り上げて空港へ。少し家から遠いですが、今度は絶対にDさんも連れてやってきたいです。値段は安くなく、これだけ食べて$100超えでしたが満足しました。
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元同僚だったJNさん。彼女は僕の同僚の中でアフターファイブをしてくれる数少ない相手でした。彼女は結婚して子供も生まれて順風満帆な生活をしています。現在は大企業に転職してしまいましたが、それでも僕と連絡を取ってくれていますし、そう頻繁ではないものの家族ぐるみのお付き合いをしてくれています。そして彼女はあのブサイク犬のUbeの飼い主であります。
彼女が旦那さんと両家の両親と一緒にハワイの方へ2週間ほど旅行を計画していました。そんな話を聞いていましたので、それじゃあUbeはどうするのと尋ねると、今預かってくれるところを模索中とのことでした。Dさんに伝えると、それじゃ~うちで預かってあげましょうということなのでそれを伝えると、彼女たちは大感激!そんな訳で2週間ほどUbeを預かることとなりました。
前回のワトソンの時も感じましたが、犬のいる生活はいいものの思っていた以上に世話が大変でして、僕達はまだまだ犬を再度迎える心の準備ができていないな~と言うのが感想でした。そして今回Ubeを世話してみて、再度犬のいる生活の大変さを認識したという感じです。まあ、自分の犬ならば我が子同様なのでその苦労も厭わないのかもしれませんけれどね…
Ubeは80パウンド、つまり36㎏もありまして、よだれも出すし、力も強くヘロヘロになりました。しかしながら、基本的にUbeは温和ですし、ワトソンほど甘えるようなこともなく、1日20時間は眠っているのではないかと思うくらい良く寝ますので、そこまで付きっ切りという訳でもありません。あまりにも静かなので、我が家に犬などいないかのような錯覚にも陥ります。
しかし、毎朝&晩犬の散歩をして、ご飯をあげて、糞尿の世話をして、ほぼ毎晩のように夜中に吠えたり、おしっこに午前4時に突然起こされたりしているといつもの生活サイクルが乱されますので精神的にも疲労感がやってきます。4時に起こされるのが嫌で、僕が寝る直前の午後11時くらいにおしっこにも行かせようとするのですが、熟睡していてなかなか起きずトイレに行かせるの一苦労。
それにCocoは顔的にも僕のタイプなので、僕も見ているだけで癒されました。Ubeはあまりにもブサイクでして、それに僕のタイプではない顔。タイプは人それぞれなのでこの顔が好き~と言う人もいることでしょう。まあそれなりに可愛いのですがやはりタイプでないと感情移入のレベルが変わってきます。人間の世界でもかわいい子は得をすると言いますが、犬の世界でもそうなのかもしれません(笑)。
これを言うとDさんは大笑いしますが、確かにUbeは容姿で損をしているかも~と納得してくれます。すまん!Ube. そんなこんなでお預かりの2週間が終了。楽しかったけれど、正直ほっとしている僕とDさんでした。そんな訳で、ワトソン&Ubeの2週間にも及ぶ犬のお預かりで経験したことは、犬のいる生活はそれなりに楽しいけれど他人の犬はやはり他人の犬。
自分の犬ほどの幸福度をもたらすこともなく、疲労感の方が強いので他家の犬のお預かりは1週間が限度かもね~なんて話していました。やはり僕たちにはいまだにCocoが最高の犬のようですね。ランチは近所のピザ屋さん。もう前からあるお店ですが、ランチスペシャルがあることに最近気が付きトライしたら、値段も安く美味しいので2人のお気に入りとなりました。
サラダが$4,ピザが$11という破格の値段、その上お店の雰囲気も良くきれいですし従業員の接客も申し分ないのでここはまた利用させていただくことになるでしょう!
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彼女が旦那さんと両家の両親と一緒にハワイの方へ2週間ほど旅行を計画していました。そんな話を聞いていましたので、それじゃあUbeはどうするのと尋ねると、今預かってくれるところを模索中とのことでした。Dさんに伝えると、それじゃ~うちで預かってあげましょうということなのでそれを伝えると、彼女たちは大感激!そんな訳で2週間ほどUbeを預かることとなりました。
Ubeは80パウンド、つまり36㎏もありまして、よだれも出すし、力も強くヘロヘロになりました。しかしながら、基本的にUbeは温和ですし、ワトソンほど甘えるようなこともなく、1日20時間は眠っているのではないかと思うくらい良く寝ますので、そこまで付きっ切りという訳でもありません。あまりにも静かなので、我が家に犬などいないかのような錯覚にも陥ります。
しかし、毎朝&晩犬の散歩をして、ご飯をあげて、糞尿の世話をして、ほぼ毎晩のように夜中に吠えたり、おしっこに午前4時に突然起こされたりしているといつもの生活サイクルが乱されますので精神的にも疲労感がやってきます。4時に起こされるのが嫌で、僕が寝る直前の午後11時くらいにおしっこにも行かせようとするのですが、熟睡していてなかなか起きずトイレに行かせるの一苦労。
それにCocoは顔的にも僕のタイプなので、僕も見ているだけで癒されました。Ubeはあまりにもブサイクでして、それに僕のタイプではない顔。タイプは人それぞれなのでこの顔が好き~と言う人もいることでしょう。まあそれなりに可愛いのですがやはりタイプでないと感情移入のレベルが変わってきます。人間の世界でもかわいい子は得をすると言いますが、犬の世界でもそうなのかもしれません(笑)。
自分の犬ほどの幸福度をもたらすこともなく、疲労感の方が強いので他家の犬のお預かりは1週間が限度かもね~なんて話していました。やはり僕たちにはいまだにCocoが最高の犬のようですね。ランチは近所のピザ屋さん。もう前からあるお店ですが、ランチスペシャルがあることに最近気が付きトライしたら、値段も安く美味しいので2人のお気に入りとなりました。
サラダが$4,ピザが$11という破格の値段、その上お店の雰囲気も良くきれいですし従業員の接客も申し分ないのでここはまた利用させていただくことになるでしょう!
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Dさんがビジネスディナーなので夕飯は1人で食べてね~と行言われた時から、僕の心は決まっていました!そう~牛角に行っておひとり様食べ放題をすることであります。米国では焼き肉のおひとり様が気軽にできるお店がほとんどありませんが、ここの牛角ならば安心しておひとり様ができるので、Dさんが出張などで僕が1人になるときは、ここぞとばかりに利用させてもらっております。
まあ、焼き肉の質から言えばそれほど大したことがないのかもしれませんが、韓国風ともアメリカンなBBQとも違う、日本風特有の焼肉はたまに食べたくなりますので、そういう時はここが使い勝手がいいですね。それにこちらのお店は1皿がそれほど大きくないので、おひとり様でもいろいろな種類を堪能することができるようになっているのが嬉しいところです。
貧乏性な自分の場合、食べ放題ですとでどれだけ食べても値段が同じということで、なんか得した感じにもなれ、気分も高揚してアドレナリンが分泌されて、アルコール無しでもハイな気分になれるような感じです。今回は仕事が終わってすぐにお店に到着したのでまたお客さんもほとんどおらず、自分のお気に入りの席で夕飯を始めることができます。
サラダ、キムチ、牛タン、ハラミ、ハンガーステーキ、サーロイン、リブアイ、カルビという感じでこれでもか~と言うくらい楽しませていただきました。本当にたくさん食べました!たらふくお肉を食べて本当に大満足。日頃かなり質素な食生活をしていますし、夕飯の外食などほどんと皆無ですから、たまにこういうことをして憂さ晴らしをすると精神的にもいい効果がありますね。
こういうことをすると自分でも感心するくらい本当におひとり様が好きだな~と思います。人に気を遣うことなく自分の好きなようにできるのって本当に気が楽なのです。仕事の後は特にそう感じます。しかしそう言ってもやはりSNSなどでいろいろな人に囲まれて飲みに行ったり外食しているキラキラしている生活をしている人を羨ましいな~と素直に思います。
若い頃は1人になるのが不安でしたので、無理にでもそういう仲間のもとへ集まっていました。人で選ばす、ただ単にゲイだから、日本人だからと言うだけの理由で集まっているといろいろなところにゆがみが発生していたような気がします。でも昔は時間は永遠にあるような気もしていましたので、そんな思いにも蓋をして突き進んでその場の楽しさに重きを置いていました。
そんな僕でしたが、年を取るにつれて自分の残された時間の限りを知り、時間というものがとっても貴重で大切なものと実感として分かるようになるともっともっと時間を大切に使いたいと思うようになり、自分のために、また一緒に居て自分が心地よい人だけを選んで時間を割くようになった結果、極端に限られた交友範囲&こんなおひとり様時間が増えてきたような気がします。
最近では以前あまり考えなかったネットでの繋がりにもそんな思いが感じられるようになりました。SNSで簡単に繋がって義理で付き合いを続けるよりは、自分にとってこの人とは繋がっていたいなと素直に思える人だけを選び、どうでもいいか~合わないな~という人はどんどん距離をおいてもいいのかもな~なんて考えています。
他人がどう思うかどう見ているのかなどはあまり考えず、他人に気を使いすぎず、自分の考えや価値を重視し、自分が心地良く楽しく暮らしていけることに重きを置くことはつまり、自分を大切にするということなのでしょうね。
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まあ、焼き肉の質から言えばそれほど大したことがないのかもしれませんが、韓国風ともアメリカンなBBQとも違う、日本風特有の焼肉はたまに食べたくなりますので、そういう時はここが使い勝手がいいですね。それにこちらのお店は1皿がそれほど大きくないので、おひとり様でもいろいろな種類を堪能することができるようになっているのが嬉しいところです。
サラダ、キムチ、牛タン、ハラミ、ハンガーステーキ、サーロイン、リブアイ、カルビという感じでこれでもか~と言うくらい楽しませていただきました。本当にたくさん食べました!たらふくお肉を食べて本当に大満足。日頃かなり質素な食生活をしていますし、夕飯の外食などほどんと皆無ですから、たまにこういうことをして憂さ晴らしをすると精神的にもいい効果がありますね。
こういうことをすると自分でも感心するくらい本当におひとり様が好きだな~と思います。人に気を遣うことなく自分の好きなようにできるのって本当に気が楽なのです。仕事の後は特にそう感じます。しかしそう言ってもやはりSNSなどでいろいろな人に囲まれて飲みに行ったり外食しているキラキラしている生活をしている人を羨ましいな~と素直に思います。
若い頃は1人になるのが不安でしたので、無理にでもそういう仲間のもとへ集まっていました。人で選ばす、ただ単にゲイだから、日本人だからと言うだけの理由で集まっているといろいろなところにゆがみが発生していたような気がします。でも昔は時間は永遠にあるような気もしていましたので、そんな思いにも蓋をして突き進んでその場の楽しさに重きを置いていました。
最近では以前あまり考えなかったネットでの繋がりにもそんな思いが感じられるようになりました。SNSで簡単に繋がって義理で付き合いを続けるよりは、自分にとってこの人とは繋がっていたいなと素直に思える人だけを選び、どうでもいいか~合わないな~という人はどんどん距離をおいてもいいのかもな~なんて考えています。
他人がどう思うかどう見ているのかなどはあまり考えず、他人に気を使いすぎず、自分の考えや価値を重視し、自分が心地良く楽しく暮らしていけることに重きを置くことはつまり、自分を大切にするということなのでしょうね。
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先日、職場の同僚からいい日本式のジャズバーを見つけたので一緒に飲みに行かないかい?と誘われました。同僚と言っても彼は部署が全く違う電子カルテの情報処理関係のソフトエンジニア的な部門の最高責任者。年齢的には同世代かな。前から顔見知りでしたしいろいろなプロジェクトではお世話になっている人なので、たまに話などはしたりはしている程度の仲でした。
しかしながら個人的にランチなどは一切したことがない人でしたので、誘われたときは少し驚いたものの快諾して行ってきました。米国でも仕事の後に仲の良い人が飲みに行くということもありますが、日本のようにごく頻繁に行われるものでもないですし、特に僕は仕事が終わったら一人にしてほしい派ですので、本当に仲の良い人としか仕事の後は一緒にアフター5には行きません。
他の同僚たちは僕よりもずっと交際範囲が広いので、当たり前な程度の誘いなのでしょう。僕として珍しい行動です。また、彼が見つけてきた隠れ家的な日本式のジャズバーというのも興味があったというのも一因です。当日オフィスで待ち合わせて、バーの方に向かいました。店内には行ってみると、その日本式のジャズバーというのは天井の高い作りのコンクリートの部屋に、木目調のカウンターやドアが取り付けられ、薄暗い雰囲気のある温かな空間となっていました。
お店は特注のスピーカーやアンプを取り揃え、レコード盤のジャズをかけているというものでして、6人以上の団体客は受け付けないというこだわりのあるお店でした。バーの方に目を向けると本格的なカクテルをそろえ、特に日本のウィスキーの品ぞろえには驚かされるものがあるラインアップでした。こういう細かく憎いこだわりは大雑把な米国では珍しいかもしれません。
日本でこういうジャズバーに行ったことがないので、どこがどうJapanese Jazz Barなのか、日本のウィスキーがあるからそうなのかと、はっきり言うことができないのですが、こういうレコードにこだわったジャズバーは日本の東京や大阪などの大都会にはにありそうですね。大きな店ではないものの天井が高く、暗く照明を落とされたお店には体で音を感じられくらいの少し大きめな音量でジャスが流れていました。
彼は仕事で疲れると家に帰る前に1人になりたくて、時々こちらのお店に来てカクテルを飲みながら本を読んでリセットするそうです。 確かにこのお店ならそんな贅沢な時間を過ごすことができそうです。そのあと家族の待つ家の方に戻るそうなのです。彼は奥さんと子供がいる幸せそうな家族の一員です。やはり幸せな家族がいてもたまに一人になる時間は必要だというのは同感です。
バーで僕はお互いこれと言った案件があるわけでもなく誘われるままこうして一緒に飲みに来まして、僕も彼もお互いがIntrovert(内向)的な人間であることを以前のexecutive retreatで知っていますから、きっと静かな飲み会になるのだろう~とは思っていました。確かに静かな飲み会ではありましたが、お互い不思議と話すことがたくさんあふれてきて意外なものでありましたが心地よいものでした。
彼も僕と同じ時期にExecutiveの役職になり、責任が極端に増えたのです。そんな訳で僕達は、近況報告から始まり、自分よりも優秀だと明らかにわかる部下を自分の不安や劣等感をひっそりとかくしてずにどうやって操縦していくか、チームワークの作り方、部署の立場上の孤独感、組織の中で誰を信用できる人がなかなかいないなどをいろいろと話したのでありました。
僕は彼が頭脳明晰でアメリカ生まれの自信家人間かと思っていましたので、こういう話が出てすごく意外でしたが、おかげで僕も彼も同じような悩みを持っているのだな~と言うこともわかり意外な一面ものぞけたような気がしました。彼の方も、僕の直属上司の猛烈Presidentの下でどうやってあの豪傑女子と一緒に働くことができるのかなどの質問もあり、それに僕の秘訣を教えてみると微笑みながら感嘆していました。
そんな感じでお互いの処世術などもシェアして勉強になったし、共通の悩みも見つけたりしたことにより、それらは大きな息抜きにもなりました。話は尽きることがありませんでしたが、お互い1杯だけということでしたのでお互いが1杯を飲む干す時に席を立つことにしました。僕は彼にこうして誘ってくれたことに感謝を述べると、彼の方は楽しかったねと伝えてくれました。
たぶん僕たちは、このアフター5があったからと言って頻繁に会うようなべたべた付き合いをこれから始めるとは思えませんし、たぶんこの飲み会も2度目があるかわかりません。ただ、こういう付き合いもなかなか素敵であるなと思え、僕もこれからは気になる誰かを誘って時間を作ってみたいなと思えるようになりました。
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しかしながら個人的にランチなどは一切したことがない人でしたので、誘われたときは少し驚いたものの快諾して行ってきました。米国でも仕事の後に仲の良い人が飲みに行くということもありますが、日本のようにごく頻繁に行われるものでもないですし、特に僕は仕事が終わったら一人にしてほしい派ですので、本当に仲の良い人としか仕事の後は一緒にアフター5には行きません。
お店は特注のスピーカーやアンプを取り揃え、レコード盤のジャズをかけているというものでして、6人以上の団体客は受け付けないというこだわりのあるお店でした。バーの方に目を向けると本格的なカクテルをそろえ、特に日本のウィスキーの品ぞろえには驚かされるものがあるラインアップでした。こういう細かく憎いこだわりは大雑把な米国では珍しいかもしれません。
日本でこういうジャズバーに行ったことがないので、どこがどうJapanese Jazz Barなのか、日本のウィスキーがあるからそうなのかと、はっきり言うことができないのですが、こういうレコードにこだわったジャズバーは日本の東京や大阪などの大都会にはにありそうですね。大きな店ではないものの天井が高く、暗く照明を落とされたお店には体で音を感じられくらいの少し大きめな音量でジャスが流れていました。
バーで僕はお互いこれと言った案件があるわけでもなく誘われるままこうして一緒に飲みに来まして、僕も彼もお互いがIntrovert(内向)的な人間であることを以前のexecutive retreatで知っていますから、きっと静かな飲み会になるのだろう~とは思っていました。確かに静かな飲み会ではありましたが、お互い不思議と話すことがたくさんあふれてきて意外なものでありましたが心地よいものでした。
彼も僕と同じ時期にExecutiveの役職になり、責任が極端に増えたのです。そんな訳で僕達は、近況報告から始まり、自分よりも優秀だと明らかにわかる部下を自分の不安や劣等感をひっそりとかくしてずにどうやって操縦していくか、チームワークの作り方、部署の立場上の孤独感、組織の中で誰を信用できる人がなかなかいないなどをいろいろと話したのでありました。
僕は彼が頭脳明晰でアメリカ生まれの自信家人間かと思っていましたので、こういう話が出てすごく意外でしたが、おかげで僕も彼も同じような悩みを持っているのだな~と言うこともわかり意外な一面ものぞけたような気がしました。彼の方も、僕の直属上司の猛烈Presidentの下でどうやってあの豪傑女子と一緒に働くことができるのかなどの質問もあり、それに僕の秘訣を教えてみると微笑みながら感嘆していました。
たぶん僕たちは、このアフター5があったからと言って頻繁に会うようなべたべた付き合いをこれから始めるとは思えませんし、たぶんこの飲み会も2度目があるかわかりません。ただ、こういう付き合いもなかなか素敵であるなと思え、僕もこれからは気になる誰かを誘って時間を作ってみたいなと思えるようになりました。
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先日、日系の団体JーSeiさんの方でファンドレイジングイベントとしてのカニ食べ放題がありましたので参加してきました。このイベントは毎年恒例のイベントでしたが、最後はコロナが大きな問題となる直前の2020年の2月でした。3月にはコロナのためロックダウンとなり、その後開催はなく今年の2023年が久しぶりの開催となりました。コロナ禍の変化としてはお持ち帰りもOKとなっていたようです。
メニューの方は、ダンジュネスクラブ、ガーリックヌードル、サラダ、パン、果物、デザート、ワイン、ビール、お茶などがありまして、これら(ワイン&ビールは別途)を好きなだけ何度もとりに行って堪能できるという、なかなか面白い企画となっていました。2020年の時はこのコミュニティスペースがいっぱいになるくらい人で埋まっていましたが、今回はそうでもありませんでした。
車でドライブスルー方式でのお持ち帰りのオプションもあったせいか、思ったよりも静かでのんびりとした雰囲気で、ジャズなどの生演奏を聴きながらカニを堪能することができました。蟹の方は臭みが全くなく、新鮮そのものだな~と思わせるハイクオリティの蟹でして、ものすごく美味しかったです。僕達は今季初めての蟹でしたので大喜びでした♪
前回にご近所さんから教わったように僕たちはちゃんと蟹はさみと、蟹用の細いスプーンを持って行きました。これのおかげですんなりと蟹の身をとることができまして、Dさんと暫し無言で一心不乱に蟹を堪能させてもらいました。ボランティアで働いている方たちもとっても親切で、和やかで素敵なファンドレイジングイベントでした。来年も参加させてもらいましょう♪
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メニューの方は、ダンジュネスクラブ、ガーリックヌードル、サラダ、パン、果物、デザート、ワイン、ビール、お茶などがありまして、これら(ワイン&ビールは別途)を好きなだけ何度もとりに行って堪能できるという、なかなか面白い企画となっていました。2020年の時はこのコミュニティスペースがいっぱいになるくらい人で埋まっていましたが、今回はそうでもありませんでした。
前回にご近所さんから教わったように僕たちはちゃんと蟹はさみと、蟹用の細いスプーンを持って行きました。これのおかげですんなりと蟹の身をとることができまして、Dさんと暫し無言で一心不乱に蟹を堪能させてもらいました。ボランティアで働いている方たちもとっても親切で、和やかで素敵なファンドレイジングイベントでした。来年も参加させてもらいましょう♪
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この日記は昨日の続きです。
母を訪ねて3千里
リトルロックで夕飯
やはりこの母であった・・・
意外な反応我らがユナイテッド航空で家に帰りました~
夕飯に冬瓜
ワトソン君、家に帰る
アーカンソーに行ってきます
Bentonvilleに到着
家を出てから15時間後・・・
お義母さんの葬儀
ゴミ屋敷だった・・・
アーカンソーに行ったり来たりとドタバタ劇なこの数週間でしたが、やっと家に家の方に帰ります。5カ月の間に父親も母親も亡くしたDさん、弟くん、妹さんには大きなショックが心に残っているようで見ていて切ないものがありました。僕も母親を亡くした時はかなりの衝撃がありましたが、これで父親を亡くしていたら本当に立ち直れないくらい悲しみに暮れていたのだろうなと思います。
幸いDさんの兄弟は仲が良いので、力を合わせて問題なくこの困難を乗り越えていけることでしょう。僕は自分自身の兄弟とはそれほど近いものがないので、彼らの仲の良さを見ていると羨ましく思えるくらいです。それに弟くん、奥さん、妹さん、旦那さんは皆僕にすごくよくしてくれて感謝してもしきれないくらい素晴らしい人たちであることを再認識できました。
つらい出来事でしたが、これにより彼らとより近く感じられたのは大きな報酬です。さて、この日はこの家からカリフォルニアの家まで戻ります。約16時間の移動ですから覚悟して移動していきましょう。この素敵な別邸も暫く来ることもないでしょう。いい時間を過ごさせてくれてありがとうございます!
田舎町の別邸から、空港のある町まで3時間半の車移動。ここから、空港の町まで2~3か所、まずまずの規模の街を通り抜けますが、基本的にはどれも田舎町のレベルなので渋滞の心配はありません。そんな感じの道中なので途中ほとんど信号がなく車は快適に進んでいきます。最初はDさんが運転を買って出てくれたのですが、彼の運転を見ているとなんか怪しいのです・・・
まあ、単調な道ということもあるのでしょうが、精神的にいろいろあって疲れていて寝ていなかったのかも知れません。目がとろ~んとして生気もなく、いかにも眠そう、これはまずいのではないか?!と思いましたので、強制的に運転を変わって、残りの3時間は僕がほぼすべて運転しました。申し訳なさそうですが彼もそれによって少しほっとしているようです。
そういえば、この道中には白人至上主義のKKKの活動が活発な街を通り抜けたのですが、すごく微妙なビルボードなどがありまして結構怖いかも・・・と思ったりもしました。やはりアメリカ中央部分ですね。そんなドライブでしたが、問題なく空港のある町まで思ったよりも早い時間に到着することができました。第一関門突破ということで、飛行機に乗る前にランチを取ることにしました。
この街にはあまりいいチョイスがなかったので、僕達はこちらのステーキハウスの方にやってきました。メリーランドの方が中心で展開しているチェーンレストランのようですが、ランチですと、ステーキの他にサラダも、サンドイッチも、バーガーもありますので無難な選択かと思ったのです。お店の方はいかにもアメリカンな感じですが、清潔感もあり従業員の接客もすこぶるいいものでした。
Dさんは迷わずグリルチキンサラダ。僕は最初サンドイッチにしようかな~と思っていたのですが、ステーキハウスなのだからステーキにしなくては!と妙に使命感が湧き、前日に大きなプライムリブを食べたにもかかわらずニューヨーク・ステーキを頼んでしまいました。Dさんのグリルチキンは少し乾燥していて残念なものだったようです。
僕のステーキは激ウマ~!!という感じでもないのですが、無難に普通に美味しいステーキでした。
食事をした後は空港のあるBentonvilleのへ向かいました。レストランから車で15分くらいの距離でした。空港に到着してレンタカーを返却して、セキュリティチェックを通過すると、小さな空港なのであっという間にゲートに到着。今回も遅延の心配もなく、予定通り飛行機はアーカンソーの地を離陸しました。ここからデンバーに向かいますが、75人乗りのちいさな飛行機で約2時間のフライトです。
僕達は一応ファーストクラスでしたので、アルコール系のドリンクは無料でした。僕は泡ワイン、Dさんは赤ワインを頼みました。Dさんはここ数週間のことが頭をぐるぐると回っているようで、口数少なく、窓を眺めながらワインを飲んでいました。一体どんなことが頭を巡っていたのでしょう。大変でしたね。さて、そのうち飛行機は降下をはじめ、一面真っ白なデンバーに着陸しました。
デンバーでの乗り換え時間も1時間ほどでしたが、次に乗る飛行機は巨大なボーイング777でした。国内線のそれもデンバー&サンフランシスコ間で需要があるのかわかりませんが、ものすごく釣り合いなくらいの大型旅客機で、乗りこめる人員も267人ということでした。そんな人数が乗り込むわけですので、搭乗時間も国内線ではなく国際線のように45分前から始まりました。
こういう状況でしたので、デンバーに到着したらすぐに次の飛行機の搭乗が始まってしまったという感じでした。僕達はこの便もファーストクラスを予約入れていたのですが、まさかのポラリスクラスの、最新に近いフルフラットになるシートがあてがわれました。2時間のフライトでこのフルフラットは無駄に贅沢じゃないかい?とDさんと笑ってしまいました。ちなみにこのフライトも満席でした。
サービスの方は国際線のようでして、出発前のシャンパンサービスから始めって、夕飯のオーダーを聞き、カクテルサービスが始まった後は温かな夕食が提供されました。僕はタイカレーチキンヌードル、Dさんはよくわからないベジタリアンチョイスでしたが、両方とも満足いく美味しさでした。このフライトのアテンダントさんのサービスも問題なくいいものでした。
我らがユナイテッド航空、いい仕事をしていますね(笑)。僕は映画を見ながら本を読んで過ごしましたが、Dさんはやはり疲れがたまっているようでしたので、フルフラットを活用して横になって休んだようです。ほんの短い間だったのですが、横になれてだいぶ楽になった~と喜んでいました。そんな感じであっという間にサンフランシスコ空港の方の方に到着。次の日から仕事です。お疲れさまでした。
思いもよらぬ展開にお互い疲れ果てましたが、少しずついつもの生活に戻していきましょう。お義母さんの急逝ということもありコメント欄の閉鎖が長くなってしまいました。普通の日記になる次から再開しますのでお付き合いの方、これからもよろしくお願いいたします。
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リトルロックで夕飯
やはりこの母であった・・・
意外な反応我らがユナイテッド航空で家に帰りました~
夕飯に冬瓜
ワトソン君、家に帰る
アーカンソーに行ってきます
Bentonvilleに到着
家を出てから15時間後・・・
お義母さんの葬儀
ゴミ屋敷だった・・・
アーカンソーに行ったり来たりとドタバタ劇なこの数週間でしたが、やっと家に家の方に帰ります。5カ月の間に父親も母親も亡くしたDさん、弟くん、妹さんには大きなショックが心に残っているようで見ていて切ないものがありました。僕も母親を亡くした時はかなりの衝撃がありましたが、これで父親を亡くしていたら本当に立ち直れないくらい悲しみに暮れていたのだろうなと思います。
つらい出来事でしたが、これにより彼らとより近く感じられたのは大きな報酬です。さて、この日はこの家からカリフォルニアの家まで戻ります。約16時間の移動ですから覚悟して移動していきましょう。この素敵な別邸も暫く来ることもないでしょう。いい時間を過ごさせてくれてありがとうございます!
田舎町の別邸から、空港のある町まで3時間半の車移動。ここから、空港の町まで2~3か所、まずまずの規模の街を通り抜けますが、基本的にはどれも田舎町のレベルなので渋滞の心配はありません。そんな感じの道中なので途中ほとんど信号がなく車は快適に進んでいきます。最初はDさんが運転を買って出てくれたのですが、彼の運転を見ているとなんか怪しいのです・・・
そういえば、この道中には白人至上主義のKKKの活動が活発な街を通り抜けたのですが、すごく微妙なビルボードなどがありまして結構怖いかも・・・と思ったりもしました。やはりアメリカ中央部分ですね。そんなドライブでしたが、問題なく空港のある町まで思ったよりも早い時間に到着することができました。第一関門突破ということで、飛行機に乗る前にランチを取ることにしました。
この街にはあまりいいチョイスがなかったので、僕達はこちらのステーキハウスの方にやってきました。メリーランドの方が中心で展開しているチェーンレストランのようですが、ランチですと、ステーキの他にサラダも、サンドイッチも、バーガーもありますので無難な選択かと思ったのです。お店の方はいかにもアメリカンな感じですが、清潔感もあり従業員の接客もすこぶるいいものでした。
3492 W Sunset Ave,
Springdale, AR 72762
僕のステーキは激ウマ~!!という感じでもないのですが、無難に普通に美味しいステーキでした。
食事をした後は空港のあるBentonvilleのへ向かいました。レストランから車で15分くらいの距離でした。空港に到着してレンタカーを返却して、セキュリティチェックを通過すると、小さな空港なのであっという間にゲートに到着。今回も遅延の心配もなく、予定通り飛行機はアーカンソーの地を離陸しました。ここからデンバーに向かいますが、75人乗りのちいさな飛行機で約2時間のフライトです。
デンバーでの乗り換え時間も1時間ほどでしたが、次に乗る飛行機は巨大なボーイング777でした。国内線のそれもデンバー&サンフランシスコ間で需要があるのかわかりませんが、ものすごく釣り合いなくらいの大型旅客機で、乗りこめる人員も267人ということでした。そんな人数が乗り込むわけですので、搭乗時間も国内線ではなく国際線のように45分前から始まりました。
こういう状況でしたので、デンバーに到着したらすぐに次の飛行機の搭乗が始まってしまったという感じでした。僕達はこの便もファーストクラスを予約入れていたのですが、まさかのポラリスクラスの、最新に近いフルフラットになるシートがあてがわれました。2時間のフライトでこのフルフラットは無駄に贅沢じゃないかい?とDさんと笑ってしまいました。ちなみにこのフライトも満席でした。
我らがユナイテッド航空、いい仕事をしていますね(笑)。僕は映画を見ながら本を読んで過ごしましたが、Dさんはやはり疲れがたまっているようでしたので、フルフラットを活用して横になって休んだようです。ほんの短い間だったのですが、横になれてだいぶ楽になった~と喜んでいました。そんな感じであっという間にサンフランシスコ空港の方の方に到着。次の日から仕事です。お疲れさまでした。
思いもよらぬ展開にお互い疲れ果てましたが、少しずついつもの生活に戻していきましょう。お義母さんの急逝ということもありコメント欄の閉鎖が長くなってしまいました。普通の日記になる次から再開しますのでお付き合いの方、これからもよろしくお願いいたします。
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この日記は昨日の続きです。
母を訪ねて3千里
リトルロックで夕飯
やはりこの母であった・・・
意外な反応我らがユナイテッド航空で家に帰りました~
夕飯に冬瓜
ワトソン君、家に帰る
アーカンソーに行ってきます
Bentonvilleに到着
家を出てから15時間後・・・
お義母さんの葬儀
お義母さんのお葬式も終わりほっとした次の日は、お義母さんの家の方へ行って家の整理をすることになっていました。弟くんの奥さんが、張り切ってビスケット&グレービーの朝食をゼロから作り上げてくれました。このビスケット&グレービーはこの地方では定番の朝食のようでして、Dさんは大好きであります。僕は・・・通常まあ食べることができますとだけ言っておきましょう(笑)
基本的には朝ご飯でさえ食べない人間の僕ですから、朝からこのビスケット&グレービーを食べるのは至難の業ですが、本当に優しくて天使のような奥さんがすべて手作りで作ってくれたものですから、ありがたく頂きましたよ~。お味の方は手作りだけあって優しいものでして、それほど体に重い感じもせず美味しくいただけました。奥さんありがとうございます。
美味しい朝食を食べた後は、お義母さんの家の方にDさんと、弟くんと奥さん&妹さんで片づけにやってきました。僕はもちろんこちらの家には数回来たことがありますが、通されたのはリビングルームだけでした。それ以上は生前お母さんが頑なに侵入を拒んでいまして、誰として寝室にもその他の部屋には入ることが許されていませんでした。ですから皆さんにとっても未踏の地であります。
リビングルームでさえもかなり引いてしまい状況でしたので、ある程度の想像をすることができましたが、進入してみると想像をはるかに超えた異空間でありました。簡単に言っておぞましい空間。お義母さんはもともと綺麗好きだったそうですが、これらの部屋を見る限り物が捨てられない人間であったようです。テレビなどで見たことがありますが、これはそれ以上の酷いものでありました。
とにかく、床が見えないほどに高く積まれた訳の分からないもの、物、モノ・・・足の踏み場どころかベットの上にも高く積まれて、ベッドで眠ることなど不可能であろうと思わせるような状態でした。それに加え匂いがすごいのです。タバコ、糞尿、ホコリなど饐えた匂いが充満していて、この光景はトラウマになるレベルのすごい衝撃的なものでありました。
それでも何とかならないかとみんなで一生懸命片づけを始めたのですが、どれだけ片づけても全く片付いたように見えない状況でした。そんな訳で皆さん、飲んでないとやってられないようね~とビールやワインを庭で開けて酒盛りをしながらの作業となりました。しかし、やってもやっても見えてこない床、1日では無理だと判断しまして3時間後に片付け作業は終了しました。
僕から見てもこの家はもはや素人が片づけられるようなレベルにはないと思えました。やはりそれなりのお金を払って、専門の業者に頼んで片付けるのが妥当だろうな~とDさんも弟君も感じているようでした。しかしながら、すべてを業者に任せてしまうと、紛れ込んでいた思い出の品や写真なども一緒に捨てられてしまうことになってしまうことでしょう。
そういうこともあってDさんと弟くんは、法的な手続きがいったん落ち着く1か月後にまたこちらに集結して、できるだけの荷物整理をしようかと考えているようです。作業終了の後、僕たちは弟くんの別邸の方に向かいましたが、途中彼が新しく家を建てるつもりである広大な土地の方によってみました。こちらで弟くんが玄関がこちらで、リビングがこちらで~といろいろ説明してくれました。
一体どんなゴージャスな家ができるのか楽しみですね。
もしこの家を訪問する機会がありましたら、またこちらにアップしたいと思います!
この後は別邸に戻り、皆で洗濯。いや~着ていた服がお義母さんの家整理でかなり汚くなってしまったので、バイ菌が広がる前に洗濯しようということになったのです。あの家での作業はトラウマになるレベルですからそうした方がいいですな。それにしても、あんな家で介護者、医者、すべてを拒絶してまで暮らすとは、ある意味消極的な自殺に近い気がします。普通の生活をおくれなかったお義母さんが少し哀れです。
シャワーやお風呂に入ってスッキリした後は、夕焼けを見ながら本日の出来事とその対策についてワインやビールを飲みながら皆さんでのんびりと過ごしました。この日は弟くんの息子夫婦も、娘もミズーリの方に戻っていましたので、この家にいるのはDさん、僕、弟くん、奥さんの4人だけでした。前日の集まりが一転、静かな夕べとなりました。
そろそろ夕飯の時間になりましたので、出かける準備をしました。この日は4人でこの地域でもちょっといいレベルのレストランの方へ行ってきました。値段的にもサンフランシスコベイエリア級の値段であります。山小屋ロッジ風の店内は天井が高く木目調でまとめられ、温かみの感じられる空間になっていました。店員さんの教育も素晴らしく、安心して食事ができそうです。
しかし~もちろんのことながらお客はすべて白人!他の人種は皆無でありますから僕としては少し緊張します。やはりここはアメリカの真ん中ですな。まず最初はワインを開けて、お母さんの人生に乾杯。弟くんがおすすめのワインでして、とっても美味しいから~というのでワインの味もわからない僕が飲んでみましたが、確かにいつもの安ワインよりも素晴らしい香りがしました。
まず最初にサラダがやってきまして、僕達はメインにこの日のスペシャルのプライムリブを頼みました。弟くんの奥さんだけは、地元魚のウォールアイを頼みました。プライムリブは16オンスですから453g、かなりの大物でしたがあまりに美味しくて全く問題なく平らげてしまいました。本当に美味しいお肉でした!お母さんが亡くなって、お葬式までドタバタが続いて皆さん疲れていたのでしょう。
お葬式も無事終えることができて、ほっとできてしっかり食欲が戻り美味しいものを食べることができて、楽しい食事会となりました。この弟くんと奥さんは本当に素敵な方で僕にすごく気を使ってくれ、家族なんだな~と言うことを感じさせてくれる人たちですので、僕も彼らと一緒に居る時間は素直に楽しめました。こういう家族ができたことはラッキーであります。
食事の後は家の戻り、またワイン&ビールを開けて夜更けまで雑談をしてから床に就きました。
明日はカリフォルニアに戻ります~。
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お義母さんの葬儀
お義母さんのお葬式も終わりほっとした次の日は、お義母さんの家の方へ行って家の整理をすることになっていました。弟くんの奥さんが、張り切ってビスケット&グレービーの朝食をゼロから作り上げてくれました。このビスケット&グレービーはこの地方では定番の朝食のようでして、Dさんは大好きであります。僕は・・・通常まあ食べることができますとだけ言っておきましょう(笑)
美味しい朝食を食べた後は、お義母さんの家の方にDさんと、弟くんと奥さん&妹さんで片づけにやってきました。僕はもちろんこちらの家には数回来たことがありますが、通されたのはリビングルームだけでした。それ以上は生前お母さんが頑なに侵入を拒んでいまして、誰として寝室にもその他の部屋には入ることが許されていませんでした。ですから皆さんにとっても未踏の地であります。
リビングルームでさえもかなり引いてしまい状況でしたので、ある程度の想像をすることができましたが、進入してみると想像をはるかに超えた異空間でありました。簡単に言っておぞましい空間。お義母さんはもともと綺麗好きだったそうですが、これらの部屋を見る限り物が捨てられない人間であったようです。テレビなどで見たことがありますが、これはそれ以上の酷いものでありました。
それでも何とかならないかとみんなで一生懸命片づけを始めたのですが、どれだけ片づけても全く片付いたように見えない状況でした。そんな訳で皆さん、飲んでないとやってられないようね~とビールやワインを庭で開けて酒盛りをしながらの作業となりました。しかし、やってもやっても見えてこない床、1日では無理だと判断しまして3時間後に片付け作業は終了しました。
僕から見てもこの家はもはや素人が片づけられるようなレベルにはないと思えました。やはりそれなりのお金を払って、専門の業者に頼んで片付けるのが妥当だろうな~とDさんも弟君も感じているようでした。しかしながら、すべてを業者に任せてしまうと、紛れ込んでいた思い出の品や写真なども一緒に捨てられてしまうことになってしまうことでしょう。
一体どんなゴージャスな家ができるのか楽しみですね。
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この後は別邸に戻り、皆で洗濯。いや~着ていた服がお義母さんの家整理でかなり汚くなってしまったので、バイ菌が広がる前に洗濯しようということになったのです。あの家での作業はトラウマになるレベルですからそうした方がいいですな。それにしても、あんな家で介護者、医者、すべてを拒絶してまで暮らすとは、ある意味消極的な自殺に近い気がします。普通の生活をおくれなかったお義母さんが少し哀れです。
そろそろ夕飯の時間になりましたので、出かける準備をしました。この日は4人でこの地域でもちょっといいレベルのレストランの方へ行ってきました。値段的にもサンフランシスコベイエリア級の値段であります。山小屋ロッジ風の店内は天井が高く木目調でまとめられ、温かみの感じられる空間になっていました。店員さんの教育も素晴らしく、安心して食事ができそうです。
食事の後は家の戻り、またワイン&ビールを開けて夜更けまで雑談をしてから床に就きました。
明日はカリフォルニアに戻ります~。
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リトルロックで夕飯
やはりこの母であった・・・
意外な反応我らがユナイテッド航空で家に帰りました~
夕飯に冬瓜
ワトソン君、家に帰る
アーカンソーに行ってきます
Bentonvilleに到着
家を出てから15時間後・・・
アーカンソーに来て最初の朝がやってきました。アーカンソーとカリフォルニアの時差は2時間。現地が朝7時だとしても、カリフォルニアはまだ朝の5時。そういう時差ですのでもっと遅くまで寝てしまっているかな~と思ったのですが、夜明け前に目が覚めてしまいました。前の日に午前2時半起きだったので体内時計が思いっきり狂ってしまっているようです。
まだ誰も起きていないので、静かにキッチンに侵入して紅茶を作って東の空から登る朝陽をのんびりと眺めていました。この夜明けの風景を写真にとって収めたいと思いまして、バルコニーの方に出てみたら、激寒でした。この時気温マイナス7℃。なかなかの寒さです。でも、空気が綺麗ですし辺りがひっそりと静まっているので、この寒さが何となく心地よいものでもありました。
日が昇った後に、小高い丘の上にあるこの家から川沿いの平地を見てみると鹿の群れがいました。完全に野生の鹿ですね~。ハンティングが好きな人間が多いこの土地ですから、そういう危険性がない我が家の近所にいる野生の鹿よりもずっとサバイバルスキルが高そうに見えます。こんな景色を見ながら、ブログを更新してのんびりと過ごしていたらDさんも起きてきました。
彼は断然コーヒー派ですので、起きてきた弟くん夫婦と一緒にコーヒーを作ってリビングルームで束の間の朝の優雅なひと時を楽しんでいるようでした。しかしこの日はお義母さんの葬儀が執り行われる日であります。Dさんも弟くんも少し緊張しているようでした。もちろんのことながら米国の葬儀は日本のものとかなり異なります。簡単にまとめますと、まず最初にビジテーションと言うものが1時間ほどあります。
これは、葬儀の前に最後のお別れをするために人々がやってきます。そのため式場の奥にある棺の蓋が開かれ、訪問者がご遺体に最後の挨拶、面会をすることができるようになっています。その後、式が執り行われ、終了後に棺が霊柩車に運ばれ、墓地へと向かいます。墓地に到着すると墓地には棺を埋葬する穴が掘られており、最後の短い式があり棺が埋められて式が終了するという流れであります。
さて、ビジテーションの時間が迫ってきましたので、皆さん着替えて葬儀会場の方へ向かいました。田舎の街のごく普通の主婦ということもあり、格式ばったものは何もなく葬儀用の服装と言うよりもカジュアルだけれど黒などを基調にした暗い色系でまとめた服ならいいようです。いざ葬儀会場に行ってみると、もう既に葬儀の準備ができていまして、お母さんは棺の中で静かに眠っていました。
あのお義母さんのイメージとは異なりますが、彼女はピンクが大好きでして、生前葬儀はピンクを基調にやってほしいと言っていたそうです。そのため棺も白をピンクのものでまとめ、周りの花もピンクの花が飾られていました。ビジテーションが始まる前に、家族の皆さんがお母さんに最後の挨拶をします。彼女の顔を見るとやはり泣き出してしまい人もいました。
僕の番になりお義母さんの顔を見ると、きれいに化粧をして髪も整えてあり綺麗な服を着ていました。僕は彼女がすっぴんで、ぼさぼさの髪と寝間着の姿しか見たことがなかったので、お義母さんのなかなかの美人じゃないですか~とこの姿には驚きました。お母さんの特異な性格から、ビジテーションに来てくれる人がいないのではないか、葬儀に参列してくれる人がいないのではないかとDさんは心配していました。
しかしビジテーションの時間になるとしっかり街の人がやってきてくれて、Dさんもほっとした様子。みなさんはDさん、妹さん、弟さんと短い会話をし、お義母さんに最後の挨拶をしてくれました。僕はこの会場ではかなり異質な存在…式場の隅でひっそりと隠れるように座っていました。ビジテーションの時間が終わり、葬儀が始まりました。ビジテーションに来てくれた人は皆さん葬儀にも参列してくれました。
弟くんはこの式のために牧師さんと話し合って、お義母さんは人格的にもかなり特異な人だったが、今回はネガティブな要素は一切入れず、すべてポジティブな話だけをしようと決めたようです。最初に祈りが入り、牧師さんがお母さんがどんな人だったかを話します。そして弟くんがお義母さんがどんな人だったか、貧しい環境の中でどんなに頑張って夫を支え、子供を育ててきたかを楽しいエピソードを交えて話すと、涙する人の顔にも微笑みが浮かび、彼女のいい思い出だけが目の前に浮かんでくるように感じているようでした。
途中、彼女が好きだったというキリスト系の歌が流れたりして、1時間ほどの短い式でしたが終始穏やかに優しく時間が流れました。式が終わった後は墓地の方に移動して再度牧師さんによる短い式があり、お義母さんの棺は地中の奥深くに埋葬されました。これにて葬儀のすべては終了。子供が3人で協力してまとめた、こじんまりとしていましたが穏やかで優しくいい葬儀だったともいます。
家に帰る前に、お母さんの住んでいた家の方によってみましたが、あまりの混沌ぶりにこの日は手を付けることはしませんでした。
この日は軽い朝食をとっただけなので、皆さん家に帰るとお腹がすいていました。教会の方たちが家で食べてくださいとたくさんの食べ物を用意して持たせてくれました。野菜スティク、チーズ&ハムなどのコールドカットの盛り合わせ、チップス、それに自家製の鹿肉で作ったサラミなんかも持たせてくれました。ここの教会はお義母さんの世話もすごくよくしてくれたそうです。
こちらでは、教会の力が強大ですが、その分コミュニティーの世話をするというところでは本当に献身的に行動しているようです。これらの食べ物に加えて、弟くんの奥さんもラザニアやパスタなどの手料理も用意してくれましたので、精進落としではないのですが親族すべてが弟くんの別邸に集まりカジュアルな食事会となりました。
ワインやビールを開けて、大騒ぎとは言いませんが日本のお葬式の後とはまた違った明るさのある食事会。アーカンソーは保守的で白人がNo1的な考えの人が多くまた、すごくLGBTには否定的だと言われますが、親族とその友人の集まりということもあってか皆さんすごく親切で思いやりのある人たちでして、内向的であまり人との付き合いを好まない僕でさえ、とってもいい時間を過ごしたな~と素直に思えました。
ここにいる人たちはお義母さんのがいたからこそ集まることができたのだな~と思うと、彼女の人生に感謝したいです。
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リトルロックで夕飯
やはりこの母であった・・・
意外な反応我らがユナイテッド航空で家に帰りました~
夕飯に冬瓜
ワトソン君、家に帰る
アーカンソーに行ってきます
Bentonvilleに到着
家を出てから15時間後・・・
アーカンソーに来て最初の朝がやってきました。アーカンソーとカリフォルニアの時差は2時間。現地が朝7時だとしても、カリフォルニアはまだ朝の5時。そういう時差ですのでもっと遅くまで寝てしまっているかな~と思ったのですが、夜明け前に目が覚めてしまいました。前の日に午前2時半起きだったので体内時計が思いっきり狂ってしまっているようです。
日が昇った後に、小高い丘の上にあるこの家から川沿いの平地を見てみると鹿の群れがいました。完全に野生の鹿ですね~。ハンティングが好きな人間が多いこの土地ですから、そういう危険性がない我が家の近所にいる野生の鹿よりもずっとサバイバルスキルが高そうに見えます。こんな景色を見ながら、ブログを更新してのんびりと過ごしていたらDさんも起きてきました。
彼は断然コーヒー派ですので、起きてきた弟くん夫婦と一緒にコーヒーを作ってリビングルームで束の間の朝の優雅なひと時を楽しんでいるようでした。しかしこの日はお義母さんの葬儀が執り行われる日であります。Dさんも弟くんも少し緊張しているようでした。もちろんのことながら米国の葬儀は日本のものとかなり異なります。簡単にまとめますと、まず最初にビジテーションと言うものが1時間ほどあります。
これは、葬儀の前に最後のお別れをするために人々がやってきます。そのため式場の奥にある棺の蓋が開かれ、訪問者がご遺体に最後の挨拶、面会をすることができるようになっています。その後、式が執り行われ、終了後に棺が霊柩車に運ばれ、墓地へと向かいます。墓地に到着すると墓地には棺を埋葬する穴が掘られており、最後の短い式があり棺が埋められて式が終了するという流れであります。
あのお義母さんのイメージとは異なりますが、彼女はピンクが大好きでして、生前葬儀はピンクを基調にやってほしいと言っていたそうです。そのため棺も白をピンクのものでまとめ、周りの花もピンクの花が飾られていました。ビジテーションが始まる前に、家族の皆さんがお母さんに最後の挨拶をします。彼女の顔を見るとやはり泣き出してしまい人もいました。
僕の番になりお義母さんの顔を見ると、きれいに化粧をして髪も整えてあり綺麗な服を着ていました。僕は彼女がすっぴんで、ぼさぼさの髪と寝間着の姿しか見たことがなかったので、お義母さんのなかなかの美人じゃないですか~とこの姿には驚きました。お母さんの特異な性格から、ビジテーションに来てくれる人がいないのではないか、葬儀に参列してくれる人がいないのではないかとDさんは心配していました。
しかしビジテーションの時間になるとしっかり街の人がやってきてくれて、Dさんもほっとした様子。みなさんはDさん、妹さん、弟さんと短い会話をし、お義母さんに最後の挨拶をしてくれました。僕はこの会場ではかなり異質な存在…式場の隅でひっそりと隠れるように座っていました。ビジテーションの時間が終わり、葬儀が始まりました。ビジテーションに来てくれた人は皆さん葬儀にも参列してくれました。
途中、彼女が好きだったというキリスト系の歌が流れたりして、1時間ほどの短い式でしたが終始穏やかに優しく時間が流れました。式が終わった後は墓地の方に移動して再度牧師さんによる短い式があり、お義母さんの棺は地中の奥深くに埋葬されました。これにて葬儀のすべては終了。子供が3人で協力してまとめた、こじんまりとしていましたが穏やかで優しくいい葬儀だったともいます。
家に帰る前に、お母さんの住んでいた家の方によってみましたが、あまりの混沌ぶりにこの日は手を付けることはしませんでした。
この日は軽い朝食をとっただけなので、皆さん家に帰るとお腹がすいていました。教会の方たちが家で食べてくださいとたくさんの食べ物を用意して持たせてくれました。野菜スティク、チーズ&ハムなどのコールドカットの盛り合わせ、チップス、それに自家製の鹿肉で作ったサラミなんかも持たせてくれました。ここの教会はお義母さんの世話もすごくよくしてくれたそうです。
こちらでは、教会の力が強大ですが、その分コミュニティーの世話をするというところでは本当に献身的に行動しているようです。これらの食べ物に加えて、弟くんの奥さんもラザニアやパスタなどの手料理も用意してくれましたので、精進落としではないのですが親族すべてが弟くんの別邸に集まりカジュアルな食事会となりました。
ここにいる人たちはお義母さんのがいたからこそ集まることができたのだな~と思うと、彼女の人生に感謝したいです。
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↓何人ここにいるのかな?
人です。。。

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