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アメリカ西海岸の小さな町で 付き合い丸28年の2人
彼氏Dさん&台湾出身の元保護犬Coco(2020年没)と共にひっそりと 
慎ましく暮す男の地味でありふれた 日常生活日記


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この日記は続きものです
始まりはPolarisラウンジから
ビジネスフライト@ユナイテッド航空



我らがユナイテッド航空で11時間少しのフライトを経験していましたが、Dさんの方がぐっすりと眠れたようです。まあ、あれだけの大量のアルコールを浴びるように飲めば誰でも泥酔するよな~と言うレベルの印象でしたしね(笑)。僕の方は横になって寝ようとするのですが、仕事のことが頭に浮かび上がってきてそれを一生懸命消すのに躍起になって結局眠れませんでした(涙)

今回の旅のお供には宮部みゆきさんの楽園上下を持ってきたのですが、分厚い上巻でさえも読み切ってしまうくらいの時間がありました。こういう飛行機旅行でぐっすりと眠れる人羨ましいです。これだけ眠れないのなら奮発してビジネスなんぞ座らなくてもいいのではないかとも考えてしまいますね(笑)。座っているだけなのならエコノミーの座席で十分ですよ。なんかもったいないかも(笑)
そして飛行機は、目的地まであと数時間となった時、朝食のサービスが提供されました。パンケーキと卵の選択肢がありましたので、僕達は低炭水化物であろう、卵の方を選択しました。こちらは目玉焼き風の卵に、鶏のソーセージ、トマトのサルサ添えられていました。これらもまたそんなに悪くないお味でした。

Dさんも寝ぼけ眼でしっかり完食しておりましたが、あれだけ飲んだのに起きてすぐ、ブラッディ・マリー頼んでいました。いくらバケーションと言っても狂っていますよね・・・本当に飲みすぎですよ~









食事の片づけが終わり、機内があわただしくなっていくと、ヨーロッパの街並みが見えるほど地表に接近するくらい飛行機は降下していきました。そして湖やきれいな山が見えてくると、我らがユナイテッド航空ボーイング777はスイスのチューリッヒの空港に到着しました。チューリッヒって英語で書くとZurich。米国英語でも発音もそれにちかいですね。なぜ日本語表記はチューリッヒとなったのでしょう(笑)
さて、僕達の旅の目的地はチューリッヒではありません。ここで数時間の待ち合わせの後、再び飛行機に乗り込んで最終目的地に向かう予定でありました。サンフランシスコから、このスイスのチューリッヒのフライトは1時間ほど遅れましたので、乗り継ぎがぎりぎりかな~と恐れていましたが、チューリッヒ到着は何故かオンタイムと言う、不思議な現象でしたので問題ありませんでした。








僕達はスイスのチューリッヒは初上陸です。そして2時間ほどの待ち合わせがありますので、スイス航空のラウンジの方でのんびりとさせていただくことにしました。ヨーロッパの空港ラウンジにありがちな、スタイリッシュできれいな空間となっていましたが、やはりこちらも激混み!空いている席を探すのが大変だったくらいです。それでも席を確保して着席できました。
暫くするとショートメールが届き、僕達の乗る飛行機は1時間ほどの遅れになっているとのことでした。それではこちらでもう少し寛がせてもらいましょう~と思ったのですが、時差ボケで2人とも気分が悪いくらい眠い・・・寝たら起きれなくなるだろうと思い必死に起きていましたがつらいです。お腹の方も食欲が全くなく、いろいろなスイス料理が並ぶラウンジで食したのはエスプレッソと水だけでした。

まあ、スイスで意地汚いラウンジ乞食日本人を演じなくてよかったとしましょう(笑)。









そんな感じで疲労と眠気と闘いながら時間を過ごし、やっと搭乗の時間だ~と言うことでゲートの方に向かうと、僕達のゲートはバーゲン会場のように激込みでした。何でもタイヤに不具合があり交換しなくてはいけないとかで、さらに30分ほど遅れるとのことでした。ちなみにこちらではドイツ語が主要語になっていました。ドイツ語の響きはまた特有の響きがあって面白いものですね。
英語でもアナウンスされるのですが、ドイツ語のアナウンスに比べるとかなり短めに簡潔なアナウンスになっていたので、僕もDさんも詳しい情報がいまいちよくわかりませんでした。結局こちらのゲートもなかなか開くことがなく、かなり待たされてからの搭乗となりました。
 









飛行機に乗り着席しても、これまたなかなか飛び立ちません。何でもギアの部分にも不具合がありそれをなすということでこれまた30分の遅れ、そして次は目的地の空港が混雑しており、着陸スポットが今ないとのことですのでこれでまた30分遅れとなりまして、結局3時間ほどの遅れで何とかチューリッヒを離陸することができました~。長かった・・・
今回は2時間半ほどのフライトですが、もう2人とも疲労がピークを迎えていました。まずは最初にとにかく出発してくれてよかった~とシャンパンで乾杯!食事はベジタリアンラビオリとミートローフでしたので、一人ずつ別のものを頼み半分分けて食べました。こちらの料理もなかなか美味しくて、スイス航空のアテンダントさんはとっても親切でいいサービスを提供してくれました。

しかし...特に僕はもう24時間以上眠っていないという感じですので、体がだるい…突然襲ってくる睡魔と闘いながらの2時間半は結構きつかったです。そしてしばらくするとやっと飛行機が降下していきまして、僕達の今回の休暇の最終目的地に到着しました~!


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始まりはPolarisラウンジから



ラウンジで十分楽しんだ後、搭乗時間が迫ってきましたのでゲートに向かいました。ゲートに到着してみると、まだ登場は始まっていないようでして、ゲートはたくさんの人でごった返していました。今回のフライトはボーイング777で満席であるらしくチェックインの時に他のフライトに代えてくれる人には$700を提供するとオファーがありました。

もちろん僕たちはそれはスルーしてこのままのフライトを維持することにしました。貴重な休暇ですから、時間短縮はありえません~。そんなことを言っていたら、アナウンスでこの飛行機は機内の清掃が終わっていないとのことで20分ほどの遅れとなるということでした。それならまたラウンジに戻ろうか~と一番近くのラウンジに立ち寄ってみました。
このラウンジは航空会社のステータスを持っていればエコノミークラスでも利用できるというものですので大変混みあっていまして窮屈感がすごかったです。出されるアルコールも食べ物の質も大変いまいちな感じでしたので、ちょこっとだけステイして再びポラリスラウンジの方に戻ることにしました。やはりこのポラリスラウンジは心地よいですね~。そして飛行機の遅延は続きました。

結局1時間ほどの遅れの後、ゲートが開き搭乗することができました。僕達の席は前方の広い空間でして、Dさんもこのシートには嬉しそうでした。僕達は日頃一生懸命働き、派手な外食も外飲みもせず、慎ましやかに暮らしています。ですからこういう時に精いっぱい背伸びをして旅行を楽しむようになっています。こんな時間を過ごせるようになり、素直にばんばったね~なんて思ってしまいます。







Dさんと僕は若い頃は貧乏だったので、こんな旅ができるようになるとは思わなかったよね~と、こういう旅をするたびに笑いながら話したりします。席に着くと出発前のドリンクサービスで僕達は、シャンパンをいただきまして本格的に始まる休暇に再度乾杯をしました。飛行機にすべての人が乗り込み、満席状態で準備OK!轟音と共にサンフランシスコを離陸しました。
 
 
飛行機が安定飛行をすると、カクテルサービスが始まりましてこの日何杯目かわからないシャンパンをまたまた頂きましてカンパイ~。休暇で浮かれモードの2人ですね。そのあとは昼食のサービスです。メニューは牛肉、鶏肉、魚との選択肢がありました。先ほどラウンジで2人とも牛肉も鶏肉もいただきましたので、今度は白身魚のアスパラ添えなるものを頼んでみました。









みんな大好き我らがユナイテッド航空ですが、料理の評判はあまりいいものではなく低空飛行を続けている感があります。ですからDさんも僕も全く期待しないでこれらの食事を食べ始めましたが、意外にもなかなか美味しくて付け合わせのそばやチキンサラダでさえも満足できるものでした。メインの白身魚も火が通りすぎずしっとりとしていて、いい意味で期待を裏切るものだったのです。
デザートにはアイスクリーム、クッキー、チーズ、フルーツなどがありまして、僕はもちろんアイスクリーム。チョコレートファッジやキャラメルをかけることもできますが、甘すぎてしまうだろうとアーモンドスライスだけをトッピングにしてもらいました。このアイスクリームもハーゲンダッツとまではいかないものの、なかなかの質のものでした。さすが我らがユナイテッド航空です~(笑)




食事の後、Dさんは深い睡眠に入ったようですが、
僕はいつものごとくほとんど眠ることができませんでした(涙)

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仕事の方もごたごたして、心身ともに結構疲れていまして睡眠障害的な感じで夜寝れなかったり、4時に起きてしまったりしていましたのでリセットが必要でした。家の方もリノベーション中ですので、心から落ち着ける状況でもないのです。そんな感じの僕達ですが、ちょうどいいタイミングで前々から計画していた遠出の休暇が本日から始まります!これは救いであります。

今回のフライトは午後の便なので、それほど早く起きる必要もなかったのですが睡眠障害真っただ中でしたので、午後10時半に床に就いたのに午前3時50分には目が覚めてしまい、まあ~時差ぼけ対策にはいいか~と言うことでそのまま起きてしまいまして、本を読んだり旅行の準備をして、朝の散歩もしてから家を出ることにしました。
 
ちなみに家の方はキッチンのリノベーション第二弾第三弾も旅行中に始まりますので、キッチンに収納しているものすべて箱に入れガレージにしまいました。家の中の壁も新しくペンキを塗りなおすので、これまた家のものほぼすべてのものを箱に入れこちらもガレージ。ほとんど引っ越し作業と同じレベルでして、旅行の前なのにリラックスする暇もなかったという感じでした。

さて、今回は少し背伸びしてビジネスクラスの席を購入しました。利用航空会社はもちろんSF在住者みんな大好き我らがユナイテッド航空であります(笑)。国際線の便ですのでユナイテッド航空ではポラリスクラスと言いまして、それ専用のラウンジもあります。これはステータスが上でもビジネスチケットを持っていないと入れないため、他のラウンジよりもゆったりとした感がありますね。









こちらには一般的な空港ラウンジで見られるようなバフェスタイルのラウンジエリアがあるのはもちろんのこと、レストラン式のオーダーダイニングができるエリアもあります。着席するとメーニューを渡されまして、そこから好きなものを選ぶことができます。こちらは大変人気なようでして、僕達が到着した時は30分待ち、僕達が食事を終える頃は1時間待ちとなっていたようです。

前回は朝早い便だったので朝食のみの提供でしたが、今回はランチを頼むことができました。僕達が頼んだのはアスパラガスのスープ、Dさんはポラリスラウンジ特製のハンバーガー、僕はマッシュルーム入りのクリーミーチキンというものを頼みました。ネットの方で、ユナイテッド航空では機内食には期待せずにこちらの美味しい食事であるラウンジでしっかり食べるように、と記載されていましたのでその忠告に従うことにしました(笑)。
今までの経験上確かに我らがユナイテッド航空の機内食はたとえビジネスだとしても期待できるものはありませんでしたね~(汗)。ネットで書かれている通り、ここの料理はどれもすべて美味しく、バーガーにはうるさいDさんもこのバーガーはなかなかイケるね~と喜んでおりました。やはりバフェスタイルの食事とは格が違う感じがしました。

さて、しっかりお腹を満たしまして搭乗の時間がやってきましたのでゲートの方に向かいます。まだまだ仕事のストレスが抜けきれておらず、軽い頭痛も伴っていますが。優雅なユナイテッド航空のサービスで、10時間以上のフライトの間にリラックスモードになって休暇が楽しめるといいですね。本日から怒涛のごとく旅行記が続きますが、お付き合いの方よろしくお願いいたします。



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暫くホテル暮らしをしていた僕たちですが、やっと家の方に戻ることができました。こじんまりとした小さな家ですのでお見せできるようなものでもないのですが、記憶の記録ということでどんな感じで移り変わったのかの一部をアップしてみます。もともと僕たちはフローリングよりもカーペット敷の方が好きでした。

特に我が家には白犬Cocoがいましたので、犬にはフローリングよりもカーペットの方が足には優しいと聞いていました。人間にとっても床に座ったり寝転んだりするとき、やはりカーペットの方が温かみがありますし、感触がいいですので実用的だな~と思っていたのです。しかし見栄えはやはりフローリングの方がいいですね。そして白犬Cocoはもう我が家にはいません。
 
家のローンも完済して、我が家には少し可処分所得が増えましたので、こういうことが好きなDさんは、家をフローリングにしたいと計画し始めたのです。こちらの家は古い中古の家を購入したのですが、カーペット敷きでした。建てられた当時は今とは逆で、フローリングよりも少し値段の張るカーペット敷に一般市民は憧れがあり、カーペットの方が人気があったとのことでした。

ですからこの家ももともとフローリングでしたが、元家主が奮発してカーペットを家のすべてに敷いたようでした。ですからカーペットの下には実はフローリングなのでありました。まず1の写真は、もともとのカーペットふかふかで結構心地よいものでした。そのカーペットをすべて剝がすと、大昔の古き良きアメリカ時代の品質の良いフローリングが広がっていました。










2の写真ではそれに一度サンドペーパーのようなもの表面を一気に削り、生木をむき出しにしました。補修の必要な部分は業者の方が新しい板を入れてくれたようですが、その継ぎが分からないくらい自然に仕上がっていました。そのあとは薬剤や油などを何度も塗り、3の写真のように仕上がりました。艶々した仕上がりを見たDさんと僕は、わ~自分の家ではないみたいだね~と満足な感想でした。

この後は床に傷をつけないように慎重にベットやソファーを家の中に運び入れました。総フローリングになった家ですが、カーペットとは違い音反響が違いますね!少し大きな声で話すと、音がエコーしているのです(笑)。知り合いの方によるとリビングルームにラグなどを敷くとその反響はかなり軽減されるということなので、週末にはラグを探しに行ってこようかと話しています。
ホテルをチェックアウトして、最後のランチにはDさんは1つ$10もするお高いタコス(笑)。僕はSuper Duperのハンバーガーでした。僕達はよくSFのカストロのSuper Duperで食事をしますが、あちらの方がお味が上のような気がしました。同じお店でも支店によってお味が違うのですね。お腹いっぱいになったところで家に戻ります。

とりあえず家の改修第一弾は大きな問題もなく完了しました。まだ我が家には第2弾3弾と続きますので、家でゆっくり~という感じにはなれませんが自宅で寝泊まりができるだけ幸せなことなのだな~と思うようにします!


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リノベーション工事が進行中の我が家です。そのためホテル暮らしをしているのですが、滞在しているホテルは一部屋しかありません。その為、2人同時にリモートウォークでの会議参加が不可能でした。Dさんはこの日とっても大切な会議があるとのことでしたので、Dさんにホテルの部屋を譲りまして、僕の方はホテルロビー脇にあるラウンジエリアで仕事を行うことにしました。
この日の仕事はオンライン会議が数個あったものの、基本的にはPCを使って書類作成や予算作成が主な業務だったので、行きかう人(特にイケメンなど)を眺めながらのんびりと仕事を進めることができました。こちらのホテルはそれほど混んでいないので、ロビーエリアのラウンジでも音は控えめでした。またいつもの仕事環境と違っているので少し新鮮で、それなりに楽しむことができました。










仕事が終わって、部屋の方に戻るとDさんから、業者の方がもう少し時間がかかるので家の方に戻るの伸びそうだという話になりました。現在床の張替えのようなものをやっているのですが、最後にコーティングのようなものを塗ったのですが、雨続きの上に気温も上がらない日が続いたので、思ったよりもコーディングの乾きが遅いようでした。まあ、しょうがないですよね。

夕飯は近所にあったBlack Bear Dinerというアメリカンなレストランの方に行ってきました。こちらでは、週末にはプライムリブの提供があるというので、おお~プライムリブいいじゃないですか~と言うことで突撃することになりました。こちらのお店はマウントシャスタ発祥の、これと言った特徴もない、普通のレストランなのですがなぜかチェーン展開しています。
アメリカンブレックファースト、サンドイッチ、ハンバーガーなど他のチェーン店でもあるようなお店の品でして、いい意味でも悪い意味でも典型的なアメリカンダイナーかな。さて、週末のスペシャルのプライムリブはメニューにもネットにも値段が書いてありませんでした。それでもこんなチェーン店だからバカ高くはないだろう~と値段も聞かずにオーダーしました。

お味の方は高級ステーキハウスで食べるものよりはかなり劣ってしまうものの、基本的な肉質などはそこまでひどいものではなくまずまずのものでした。ただ、店の雰囲気、サーブされるお皿の盛り付け、素人に毛の生えた程度のスキルのウェイターに1人$40近くするステーキは必ずしもコスパがいいものだとは思えなかったのが正直なところでした(笑)。1度食べればもう満足ですね~
 








さて、この食事の少し前のこと、業者から予定よりも時間がかかるという報告がありまして、ホテル暮らしが伸びることになってしまいました。正直言ってこの時点でもう既にホテル暮らしにつかれていた2人はがっかり。それじゃ~ホテルの方に延泊を頼みましょうか~とDさんがフロントの方に連絡しようとした時、僕はこの近くにはもう1軒ハイアット系のホテルがあるので、それに泊まってみたら?と提案しました。
ハイアット系のポイントプログラムにはハイアット系内の違うブランド(パークハイアット、ハイアットリージェンシー、グランドハイアット、ハイアットプレイス、ハイアットハウス、ハイヤっとセントリックなど)のホテルに泊まると無料で1泊プレゼントしてくれるというものがあるのです。Dさんはあと1つ違うブランドに泊まると無料宿泊券がもらえる状況でした。

どうせ値段も変わらないのだし~近くだし~ということでホテルを変えてみたのです。こちらはキングベット1つのちいさなキッチンのある部屋でしたが、やはりシャワーだけでした。ハイアット、シャワーのみの部屋遭遇率かなり高いですよね(涙)。部屋は少し狭くなった感じでしたが、今回は高層階の方に部屋があてがわれたので、前回のホテルよりは景色が良かったのです。









部屋を変えて、少しにのんびりした後はDさんのリクエストでラーメンを食べに行きました。最近美味しいラーメンと言うとこちらのマルフクラーメンの方にやってきてしまいます。2人とも結構好みです。気のいいウェイトレスのおネイさんは、20歳くらいの若くて元気な子でした。彼女はお母さんが日本人なので暑中日本に行くそうでして、この前も大阪にいてきて楽しかったのだよ~と話してくれました。

彼女は最近ハワイにも行ってきたそうで、日本人が沢山いて美味しい日本食があって最高だった~とも。無邪気で元気いっぱいな彼女を見ていたら若いって素敵やな~なんて思ってしまいます(笑)。僕達はまず最初におつまみで鶏の唐揚げを頼み、Dさんは日本酒もつけました。僕は豚骨ラーメン&替え玉、Dさんは豚骨ラーメンデラックスという感じでのオーダーとなりました。
豚骨なのにあっさりとしていて、針金のような硬く細いラーメンは僕の好みに合致しています。もちろん鶏の唐揚げの方もマヨネーズをたっぷりつけて食することができるので2人とも大喜びでした。しかしながら、毎日毎日外食で胃の方も結構疲れてきてしまっているような気もします。やはり家でこじんまりと、野菜炒めでも作って食べるのが小市民の僕には一番合っているだろうな~(笑)。


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先日、近所のハイアット系のホテルに引っ越ししました。と言っても1週間ほどの一時的な滞在です。家の方でリノベーション第一弾をすることになりまして、そのリノベーション中は家の住むことができないという状況でしたので、やむなくホテル暮らしをすることにしたのです。どうせホテル暮らしならば、DさんがポイントをためているHyatt系にしましょうとなったのでした。

日本ですとハイアット系というとお高いイメージがありますが、こちらはピンからキリまでありまして、どちらかと言うとこちらはエコノミークラスのホテルカテゴリーではありますが、一応建物自体が新しいもののようなので写真の通り比較的きれいですので、まずまず快適ではあります。ただやはり今まで自分個人の部屋を持ち、ダイニングとリビングがある生活からですから、窮屈にも感じます。
 
また、最近のアメリカのホテルはバスタブを取り外し、シャワーブースのみとなっていることが多く、こちらのホテルもバスタブは一切なく、すべての部屋がシャワーだけとなっていました。僕は基本的に毎日どっぷり湯船につかるのにこの上ない幸せを感じる人間なので、お風呂なしの1週間のシャワーのみの生活には結構フラストレーションがたまってしまいます。

面白いのが、日本では比較的見かけることある、配膳型のロボットがこちらのホテルには配備されていまして、水やコーヒーの追加を頼んだりするとこちらのロボットが配達してきてくれるようになっていました。米国でこちらのロボットが働いているのを見るのは初めてだったような気がします。これならチップを払う必要もないのでいいですね~♪








スペースの窮屈感、バスタブがない、そして結構上からの音や隣の音なども聞こえまして、一軒家に住んでいる僕たちにとってそれらもストレスになります。次いでホテル暮らしで困るのは食事であります。外食は嫌いではないものの、野菜が好きな2人にとって外食が続くと野菜の摂取量が減ってしまい物足りなさを覚えてしまいました。

幸いこのホテルの目の前にトレーダージョーズというスーパーマーケットがあり、フードこーともあるのでそれらを活用することにしました。しかし~このフードコート、お高いのですわ~。Dさんが頼んだタコス2個分で$20、僕の頼んだジャマイカンカレーも$20という感じで、量的には物足りないのにお値段はもう予算オーバー的なので追加オーダーはできないという感じ。
テック関係の会社が多いこの地域ですから、値段も強気設定なのかもしれませんね。お値段のこともあり、追加注文を避けるようになったので外食で起こりがちな体重の増加を防ぐことができそうな状況となっていました。なんとなく憧れのホテル暮らし&ホテルからの通勤というものを体験することができましたが、理想ほどホテル暮らしというものはそこまで快適でもないというのが分かりました。

もちろん1泊10万円以上のキッチン付きののホテルならば、ホテル暮らしもまた違うのでしょうが、一般庶民にはそれは無理であります。早く家に帰れる日を指折り数えてホテル暮らしを我慢していたという方が、今の気持ちに近いかもしれませんね。狭いながらも楽しい我が家・・・やはり自宅でまったりと暮らすのが一番なのだな~と言うのを身をもって理解することができた1週間でありました。


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僕は日本の大学を出た後、普通に就職活動をして丸の内のOLemojiになることが内定していました。卒業までは時間もありましたので、バイトでためたお金で海外旅行をしてみることにしたのです。もちろんその頃は今のようにネットもない時代でしたので1人で宿をとって、航空券を手配してというのはハードルが高すぎたので、学生協が提供する学生ツアーでヨーロッパと米国を巡りました。

そんな旅行はとっても楽しく、訪れたことがない場所に行くのが大変刺激的でしたがツアーのため団体行動も多く、そこまで自由という感じでもありませんでした。ただ、学生協ツアーなのでいろいろな大学からの人の集まりで、中には英語がペラペラにしゃべれる方もいて、現地の人との会話を楽しんでいるのに自分は英語が全く理解不能であったことがあり、それがかなり悲しかったです。 学生の時思ったのは自分はゲイで、たぶん結婚は一生できない、その上その頃は終身雇用が常識。英語もしゃべれない、何のとりえもなく独身でそのまま企業にしがみついているということに疑問を持っていました。そんなことを抱え、せめて英語くらい喋れるようになりたいと思うようになり、親に相談したところ母親はせっかくいいところに就職が決まっているのにと難色を示しました。

しかし~父親は、おお~そういうのいいじゃないか~とりあえずやってみろよ~と全面的に応援してくれました、そんな訳で、内定を断り英語習得のために米国へ渡ったといういきさつがあります。中学生の時に交換留学生でカナダに渡っていたこともあり、そういう影響でこういうことに興味があったのかもしれませんね。そしてこちらで英語が何とか出来るよになったら、語学学校のカウンセラーの方が日本に帰る前に修士号を持つと、日本に帰って就職に優位だよと言われ、親に説明したらそれもOKで、こちらで大学院に進学しました。









大学院を終えそうな頃、同じ大学で大学院にいたDさんと知り合い、それじゃ~もう少し米国に居ようか~という感じで就職活動してみたら、ビザのサポートをしてくれる職場が見つかり就職。そしてその職場では永住権(グリーンカード)のサポートもしてくれましたので、その職場を通してグリーンカードも取得しました。その頃同性同士の結婚での永住権取得などのオプションはまたくない時代でした。

ですからDさんと一緒に居たくても、グリーンカードがない限り日本へ帰らなくてはいけない状況でした。僕の周りにも国際ゲイカップルが沢山いましたが、このハードルを越えることができず泣く泣く別れ別れになっていた人たちをたくさん見ていたので、僕はとってもラッキーなケースだと感じていました。英語の習得だけが目的だったのに米国滞在が長引き、おまけに同性婚。人生どう転がるかわからないものですな~(笑)

人生設計もせず、計画性のない行き当たりばったりのいい加減な人生。よい子は真似しないでね!
グリーンカードは有効期限10年。そして今年2枚目のグリーンカードの有効期限が来ます。グリーンカードは有効期限が6か月以下になると更新の手続きを始めることができます。前回の更新では数か月かかりました。生体認証(バイオメトリクス)をとらなくては行けなかったり、移民局のオフィスに直接訪問しなくてはいけなくグリーンカードが出来上がり送られてくるまで数カ月かかり、まだか~まだか~とハラハラしました。そんな経験から今年は6カ月を切ったらすぐに更新をはじめました。

ネットで更新方法を調べてみると10年前とは異なりオンラインで申請ができるとのことでした。オンラインに必要な情報を記入し、更新料$540(7万2000円~高い~!)を払い申請のクリックをし
10分ほどで申請完了驚くほど簡単でした。その上僕の場合は5日後のメールで生体認証も不要だということで、なんと~申請から新しいグリーンカードが家に到着するまで10日かかっただけでした。

おお~アメリカ政府、10年前に比べると驚くほど進化しているじゃないですか~!こんな感じで先ほど3枚目となる新しい永住権が普通郵便で送られてきました。3つとも違うデザインですね。やはりコロナがこのリモート化を加速させたのだと推測します。僕は今のところ米国籍をとるつもりもなく、日本が2重国籍を許可するまで日本国籍&グリーンカードでこちらに居座ろうかと思っています(笑)。







おまけ:日系スーパーでポップアップの手作りおはぎを売るということで買いに行ってきました。日本人女性の手作りのこちらの花をモチーフにしたおはぎは見た目も素晴らしく、味の方も甘さに品があってとっても美味しかったです。近所に住む88歳の日本人のおばちゃんにお裾分けで持って行ったらとっても喜んでいただけました。こういう手作り和菓子ってたまに食べるとすごく美味しく感じますね~♪



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この日記は前回の続きです。

初夏のような天気だった週末にDさんとFort Masonの方から1時間半ほどのんびりとゴールデンゲートブリッジを見ながらの朝散歩を楽しみました。なかなか本格的な散歩でして、しっかり歩いたな~いい運動になったな~という感じ。そしてお昼時間になったのでランチをすることにしました。前の日に、ランチは何を食べようか~といろいろとDさんと2人で相談していました。

しかしながらサンフランシスコの人気のお店は週末のランチは混みそうだよね~ということが最大のネックでした。2人とも美味しい食事はしたいけれど、レストランに並ぶのはすごく嫌いな人種なので困りました。あぁ~それじゃあ~ランチの予約を受け付けてくれるお店に行けばいいじゃないか~と思い立ちまして、いろいろ探してとっても評判の良いこちらのお店を見つけました。   
2500 Washington St,
San Francisco, CA 94115
フレンチのカジュアルな食事ができるこちらのお店は、店内にも野外にもテーブルがありましてサンフランシスコでも雰囲気の良いパシフィックハイツの地域のフィルモアストリートにあるお店でした。お店に到着してみると、お店の人がフランス人で明るくとっても親切!これはいい予感がしますね~。僕は泡ワイン、Dさんは白ワインで乾杯!晴天の週末のランチワインは最高です♪

Dさんはサーモンエッグベネディクト、僕はBeef Bourguignonという、フレンチのビーフシチューを頼みました。お味の方は、文句なく美味しかったです。やはりフレンチ監修のレストランだけあって、フランスで食べた味にかなり近い気がしました。お店の人はフレンチなまりの英語で陽気で冗談などを言って微笑んでくれますし、お店の周りの雰囲気もアメリカと言うか、サンフランシスコ的でもなく、何となくヨーロッパ的。

このお店はまた訪問したいお店となりました♪








美味しいフレンチランチを堪能した後は、このお店のすぐ裏側にあるアルタプラザと言う公園をぐるりと一周して、4月の初夏の風を満喫した後は少し南におりまして、日本街の方にやってきました。サンフランシスコの日本街ではこの週末と次の週末にかけて桜末を開催しておりまして、久しぶりだから見に行ってこようか~とランチの後に足を延ばしてみました。
僕達は以前このサンフランシスコのジャパンタウンのすぐそばに住んでいまして、このあたりは思い出の地でもあります。懐かしい通りを歩くと、あの頃の思い出がよみがえります。この地を離れて10年以上も経ちますが、あの頃と同じくまだしっかり営業している店などもあり少しうれしい気分になれました。そして目的の地、ジャパンタウンの方に到着しました~。








桜の方は満開のピークを少し過ぎてしまった感じではありますが、まだまだきれいに咲き誇っている桜の木がたくさんありまして、桜満開の桜祭りとなっていました。去年は開催されていたのか不明ですが、コロナの影響を最も受けなくなったこの年の桜祭りは、僕達が今まで見た中で一番の人出となっていたような気がします。この日本街には屋外と屋内のショッピングエリアがあります。
僕たちは室内のショッピングエリアの方も見てみたのですが、本当に人が沢山で歩いていて息苦しさを感じるくらいの混雑となっていました。なんちゃって日本風のお店がたくさんありまして、純日本人としては、アメリカンな日本だな~と笑ってしまうものも多々見受けられました。しかし、非日本人にとってはこれが一番身近な日本なのかもしれませんね。





皆さん楽しそうに、いろいろなパフォーマンスを見学したり、日本風の食べ物を堪能したりして笑顔があふれていました。コロナが完全に去った感のある桜祭りは元気いっぱいになっていて、こちらの方もほっとすることができました。個人的には人ごみは苦手ではありますが、こうしてたくさんの人が好きな時に好きなだけ集まって楽しめる社会はいいものです。コロナになってこのありがたみがよくわかりました
2人とも本格的な散歩から、美味しいフレンチ、激ごみの桜祭りをフルコースで楽しみまして、少し疲れてしまいましたが、それでも元気いっぱいに一日を楽しめたことに満足&充実感を心身ともに満喫できた一日でありました。Dさんも、この日は本当に最高に楽しかったね~と喜んでいた模様です!こういう日が沢山これからもあるといいですな~♪

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初夏のような天気になった週末、僕達はいつもと違うところへ行って長めの散歩をしよう~と言う話になりました。僕たちが行ったのは、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジの見えるFort Masonと言う場所でした。ここはフィッシャーマンズワーフからも近いのですが、それほど観光客もおらず、地元の人が散歩したりする憩いの場のようになっているような場所であります。
まず最初にFort Masonの方に車を駐車して、北の方に歩いていくとゴールデンゲートブリッジ、アルカトラズ島、そしてベイブリッジの見えるポイントがありました。そしてしばらく歩くとPalace of Fine Artsの建物も見えまして、ここはサンフランシスコのランドマークを抑える絶好の場所であることが分かりました。この日は霧もなく本当に快晴で歩いているだけで心が晴れやかな気分になれます。

  


 



Fort Masonの西側にはファーマーズマーケットもありまして、新鮮な色とりどりの野菜や果物、スナックなどが並ぶブースがありまして、地元の人が楽しそうに買い物をしているのが見られます。今までは色彩の豊かではない冬野菜が主でしたが、これからは色鮮やかな春野菜から夏野菜が出てきますね。これらの野菜や果物は見ているだけで何となくワクワクしてしまうのは僕だけではないと思います(笑)。
Dさんはこちらのお店のトマトがあまりにも美味しそうなので購入しました。Dさんはまずいトマトが大嫌いですが、エアルームトマトや完熟トマトは大好物であります。それにしてもこれらの野菜はお高いですね~(笑)。まさに物価高なサンフランシスコ価格でありました!我が家のある郊外の地区はもう少し安いので、久しぶりのサンフランシスコのおしゃれなファーマーズマーケット価格に驚きました!

でも皆さん高収入な人が多いのでしょうね。躊躇することなくがんがんこちらで値段をチェックすることなく、沢山のものを購入している人を多く見ることができました。やはりサンフランシスコの高級住宅地に住んでいる方たちは、僕達のような庶民が予想もできないくらい豪華で優雅な生活を送っているのでしょうね~。羨ましい限りであります(笑)









ファーマーズマーケットの後はゴールデンゲートブリッジのたもとにあるクリッシーフィールドの方にやってきました。こちらは砂浜が広がり、犬の紐なし散歩が許可されているところでして、たくさんの犬たちが走り回り楽しそうにはしゃいでいる姿を見ることができます。そういえば、海を見たことがないだろうと思われたCocoが初めて海を見たのがここの場所でありましたね。
あれはもう13年も前のことなのか~ということをDさんとの話で盛り上がりました。あの時のCocoのビビりようは失礼ながら大笑いしてしまいました。あまりに驚いて脱糞してしまったくらいですからね(笑)。あの時の頃がつい最近のように思いだされます。あぁ~ここにCocoがいてくれたらどんなに幸せなことかと考えてしまいました。

Cocoが亡くなってから3年経ちますが、僕達はいまだにかなり頻繁にCocoのことを思い出しては、Cocoの馬鹿話で盛り上がって楽しんでいます!90分の散歩の後は、お腹がすいてきました。これからフレンチビストロの方へランチを食べに行ってきます♪


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Dさんが出張で東海岸の方に1週間ほど行っていました。最初は家を一人でのんびり過ごせるぞ~なんて喜んでいまして、夕飯はDさんがあまり好きではないけれど僕が食べたかったものや、今まで行きたかったけれど行けなかったお店に行くぞ~なんて息巻いていまして、いろいろとリストを作りワクワクしていました。そして彼が家を出た当日は、開放感もあり家でのんびりと過ごさせてもらいました。

夕飯の方は新規開拓のお店に行ってきたりしましたし、おひとり様夕飯は比較的好きな自分ですので問題ありません。新規開拓のお店は、ハワイアン系のお店でして僕は豚骨ラーメンと唐揚げを頼みました。ラーメンスープや麺はOKなのですが、チャーシューが少しゴムみたいな触感であまり美味しくありませんでした。唐揚げは甘いソースがかかっていて、僕好みではないものでした。
総評としては少し残念系でしたので2度目があるか微妙なところですがまあ、楽しめました。ただこのお店はハワイアンのお店を言うことなので、次回来るとしたらハワイで食べることができるオックステールスープやロコモコなんかを試すという選択肢もあります。それらを食べてから、このお店の最終判断ができるのかもしれないな~なんて言うのが感想でした。

そういうお店の新規開拓は僕は結構苦になりませんし、残念でもしょうがないか~と流せることができますが、Dさんの場合新規チャレンジするのがあまり好きなようではなく気に入ったお店に行くのが定番となっています。ですから彼がいないときに僕が試して、美味しかった時だけ彼を2度目に連れて行くというパターンが定着しています。やはり美味しい体験をすると、彼と一緒に食べたくなりますね!











今回の出張は1週間という長丁場だったので、いろいろなお店を一人で楽しみました。それなりにいろいろと楽しめたのですが、やはり今まで夕飯や外食はほぼ彼と過ごしていることもあって、何となく味気ない夕飯であったことは否めませんでした。おひとり様大好きな自分ではありますが、それ以上にDさんと一緒に行く食事がどれだけ意味のあるものがも再確認。
 
家にいても1人の時間はそれなりにOKですが、やはりひとりになると何か重要な大きなものが家にないというものをひしひしと感じてしまいます。いて当たり前というか空気のような存在であったDさんが、どれだけ大切で自分の人生の中で本当に重要な意味を占めているのだな~と言うのが改めて久しぶりに感じられてきた、今回のDさんの1週間の出張でした。
そんなことを考えて過ごし、やはりもっともっとこの当たり前に過ごしていた彼との時間を大切にありがたいと思うようにしなくてはいけないな~感謝を伝えないといけないな~と思っていました。ただ、奥ゆかしい日本人男子の僕はそういうことを思っていてもなかなか口に出しません。やはりそういうことを口にするのって恥ずかしいという感覚が先立ってしまうのでなかなか伝えられません。

そんな訳で、その感謝の気持ちをもってこの日の夕飯はDさんの好きな手巻き寿司、僕の好きなホタルイカも売っていたのでそれも購入。Dさんには奮発してウニも用意してみました。家に帰ってきてほっとして美味しい夕飯に大喜びするDさん。米国人のDさんは僕と違って自分の気持ちを素直に表現することができる人です。彼は夕飯の時にこんなことを言いました。








今回の出張は仕事が忙しくて、仕事関係の人と会食あとはすべてホテルのルームサービスで食事を済ませたけれど、美味しいものがあると君に食べてもらいたいな~とか、ホテルのルームサービスで1人で食べる食事がどれだけ味気ないものかと思うと、君の存在が本当に愛おしくて、僕にはなくてはならない、かけがえのない存在だな~なんて思っていたのだよ~と。

そういうことをさらりと言ってのけてしまうとことが米国人なのか、それともDさんのなせる業なのか分かりませんが、そういうことを聞いて喜ばない人はいませんよね。26年も一緒に居るのですから思考も似てきてしまうのかもしれませんね。そんな言葉もあって、僕も素直に僕が感じていたことを伝えると、日頃そういうことを伝えない僕でしたので、彼は驚くと共にとっても嬉しそうでした。
不幸や苦痛は積極的な作用があるので人の目には付きやすく、すぐに感じることができる。しかし幸せというものは、不幸の痛みのような積極的な作用がないから、そこにあることすら忘れてしまうと最近読んだショーペンハウアーの幸福についてと言う本に書いてありました。だから、人は敢えて積極的に今持つ幸せを感じるように努力して、不幸などには意図的に目を向けない努力が必要と言っていました。

それくらいでいいバランスが取れるのだと。確かにそれはありますね。他人が持っていて自分がないものを嘆く、嫌なことなどはすぐに目につくけれど、それを基軸に人生を送るのは悲しすぎます。できれば今自分の目の周りにある些細でもいい幸せな出来事に積極的に目を向けて自分の人生をより楽しく感謝して生きていきたいです。






そしてそんな自分の持つ幸せを伝え合うことができる人生ならは、きっと素晴らしいものになって行くことでしょう。美味しいウニやホタルイカを食べながら、26年も見慣れて、しわの増えて髪の毛の減ったDさんの顔を見ながら、そういう移り変わりを見れることでさえ幸せなのだな~、この限りある時間を大切に~など、そんなことを思った手巻き寿司夕飯でした。






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先日Dさんの弟くんが仕事でミズーリ州からこちらの方にやってきていました。木曜日に仕事が終わり金曜日に帰るというので、木曜日の夜に一緒に食事に行こう~と言うことになっていました。Dさんと弟くんはとっても仲が良く、Dさんは弟くんが気に入りそうなレストランを念入りに選んで、メニューを送るなど楽しそうに準備をしていました。

木曜日の夕方、僕がそろそろ仕事を終えて家に帰ろうかと思っていた頃、在宅勤務のDさんからメッセージがやってきました。メッセージには、弟が知らない女性と一緒に家に来た~!なんでも彼の秘書なのだそうだが、そんなの聞いていないぞ~という感じのものが書かれていました。まあ、弟くんのように副社長になると大きい商談だったようですし、出張にも秘書を伴ってやってくるのでしょうね。
   
弟くんと一緒に水入らずで食事をすることを楽しみにしていたDさんは、この見知らぬ秘書の登場に少しがっかりしていたようでした。どうも弟くんは事前にそれを伝えたつもりでいたのだったが、失念していて連絡をしておらず、連絡をした気になっていてDさんがこれどういうこと?みたいな質問をされて初めて自分が連絡をしていなかったことに気が付いたようです。

まあ、でも基本的に親切でいい感じの女性だったので問題ないようでしたが、やはり問題は生じました。家に帰ってみるとDさんはワインで、弟くんはビールで談笑をしていて秘書さんは水を飲んでいるのです。僕が、あれ?秘書さんも何か飲まないのかな?とDさんに聞くと、秘書さんはワイン系がダメということでした。それなら~と僕のストックしているビールは?と聞くとIPAなのでダメ。











彼女はビールは好きだけれどアメリカ~んなビールで、クラフトビールは全く受け付けないとのことでした。ちなみにどんなビールが好きなのかと聞くと、クアーズライトやバドワイザーなどごくごく一般的なアメリカンなビールでして、それ以外は飲まないそうです。基本的に僕はこういうビールが大っ嫌いなのでもちろん我が家には、これらはなくそれに近いビールもストックしておりませんでした。

まあ、アメリカ人の特に真ん中の人ってすごく保守的で変わったものが受け付けられないみたいですね。その後、食事に行こうという時に、Dさんが事前に弟くんに渡した厳選したレストランセレクションのメニューを見ても、案の定というか彼女は全くダメでした。ごくごく一般的なアメリカ~んな食事しか食べることができないというのです。つまり、魚はだめ、野菜系もあまり興味なし。
もちろんアジアン系もダメ、手の込んだイタリアンもフレンチもダメ。それを聞いて弟くんと美味しい食事の楽しみにしていたDさんはかなりがっかりしていたようでした。思えば10年ほど前の弟君もかなりの偏食であったことを思い出します。結局彼女が食べれるのはチェーン店系のハンバーガー、ステーキ、ピザくらいということが判明しました。アメリカ中央部分の人のあるあるですね。

まあ、嘆いてもしょうがないということで、それだったらチェーン店系のステーキハウスならみなさんOKじゃないかい?と僕が提案すると、秘書さんはOK、弟君もOK、Dさんも渋々OKということで無難なアメリカーンステーキハウスのOutbackの方に行くことになりました。ちなみにこのお店、僕達は10年以上ぶりでの訪問ですのでどんなものか全く予想がつきません。












木曜日の夜でしたので予約がいるかDさんがお店の方に電話すると、なかなか電話がつながらずやっとつながった後話してみると、ものすごく態度の悪いたぶん黒人女性的な声での対応。Dさんがお店は混んでいるか?予約は必要か?と尋ねると、I don't know.だけ…待ち時間はどれくらいか?と聞いても、Not Sure、30分?というくらいのそっけない対応に悪い予感しかしませんでした。

まあ、どちらにしてもあまり選択肢のないこの状況ですのでお店の方に向かい到着すると、お店はガラガラ、待ち時間なしで着席することができました。それでも僕たちの席の担当は、いい感じのフィリピン系の30代くらいのハキハキとした男性でしたのが救いでした。しかし、まもなくこの男性もハズレ系だったということが判明します。彼、全く記憶力が弱いような感じでした。
最初のあいさつで、ドリンクのオーダーをとって、厨房に消え去るとそのあとこちらが彼どうなったのか?と思うくらい戻ってきません。そしてやっと戻ってきたと思っても何食わぬ顔をして、さあドリンクはどうしましょうか?とのことで皆さん啞然。僕達がかなり前にもうドリンクオーダーしたのだけれどと言うと、Oh Yes!I know that!と取り繕いすぐにもってくるから~と言って去っていこうとします。

そこを引き留めて、もう皆さん食事のオーダーができるからついでにもうオーダーをとってくれるというとOK!ということでオーダーしましたが、僕達の食べたかったものは軒並み品切れ。ええ?!チェーン店でそういうことあるの?これってこのお店の主力のステーキじゃない?それがないの?と残念なことに、結局他のステーキをオーダーすることになりました。












もうこうなると嫌な予感しかしません。もちろんドリンクもなかなか来ませんし、サラダもなかなか来ません。パンを持ってくると言ったけれど、それもやってきません。ウェイターの彼はいったん消えると再び店内にやって来るのはかなり時間が経った後という始末。皆さんしびれを切らせて、やっと彼が店内に戻ってきた時に、食事はいつ運ばれるのか問いた出しました。

OK,OK、もうすぐだから~と厨房へ消え去りまして、かなり時間が経った後で、パンもドリンクも、サラダも一緒に一気にやって来るという感じでした。このお店一体どういうことなのだろうか?彼は本当に仕事をしてるのだろうか?という疑問が出てきます。もちろんステーキの方もかなり時間が経ってやってきました。やっとたべれるぞ~と食事を始めようとします。
が、そのステーキは見るからに焼き立てではなく、かなり時間が経ってからこのテーブルにやってきたことがわかります。ステーキを触ってみると、もうほぼ冷たい。僕のステーキには付いているはずのソース類もなし。Dさんはこれに憤慨、ウェイターはなかなかやって来ないのは学習済みなので彼は席を立ち店内を見て回り彼を見つけて僕たちの席の方に来るように伝えました。

彼がやってきてステーキが冷たいこと、ソース類が来ていないことを告げると、申し訳なさそうにすぐにやり直すから~と僕とDさんのお皿を厨房の方にもっていきました。弟くんと秘書さんはそこまで気にならないとのことでそのまま冷めたステーキを食べることにしたようです(涙)。で、結局僕たちの料理がやってきたのは弟くんと秘書さんが食べ終わったころ。もちろん僕のソースはまだ未到着。





肝心のステーキは1枚5000円ほどでしたが、可もなく不可もないレベルのお肉でして、ソースがやってくる頃には僕はほとんどステーキを食べ終わっているというかなりお粗末な結果となりました。お店の初期対応、ウェイター、サービス、食べ物の質、すべてをもっても期待をかなり下回る結果となりました。Outbackステーキハウスはもっとまともなお店かと思っていましたが、期待を裏切られました。

Dさんは弟くんとのこの食事をとっても期待していたので、この結果にはかなり残念がっていました。美味しい食事をして楽しい話をする時間を期待していたのに、結局は文句しか出ないような食事会になってしまったのですからしょうがないことです。弟君にはさすがに言ってはいませんでしたが、僕に次回はこの偏食家の秘書さんが来ないといいな~なんて漏らすくらいでした。




やはり人員不足で未経験者やサービスを理解していない人を雇わなくてはいけない御時勢なのでしょうか? 僕も久しぶりにこんなハズレのレストラン経験をしてしまい、暫くこういう目には合っていませんでしたが、これはこの国では頻繁にあってもおかしくないのだよな~と再確認したくらいの悲惨なお食事会でした。このお店の再度訪問は一生ないことでしょう(笑)。




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ここのところ仕事がもの凄く忙しくて、良くないのはわかっているのですが、毎日のように週末を待ち焦がれるような日々を過ごしていまして、週末になると何もする気が起きないという感じでした。2021年に作った味噌も、そろそろ次を仕込んでおかないと途中で供給がストップしてしまうということもわかっていましたが、なかなか作る気も起きませんでした。
味噌というのはのつくくらいのスーパースローフードなので出来上がりに時間がかかります。ですから、なくなった~それじゃあ作ろうか~と言うのでは遅すぎるのですが、危機感が迫って来ないのでなかなか重い腰を上げることができませんでした。しかし、ストレスMAXで無気力だったので、こういう時は敢えて味噌づくりがセラピーになるのではと思い決行しました!

まずは有機栽培の乾燥大豆を水に2晩寝かしました。
参考にした情報はこちらの味噌屋さんのものです。


     





前回は作りすぎた感がありましたので、今回はその半分以下で作ることにしました。乾燥大豆は500g、麹は1200g、塩は700gくらいでして、もともといい加減な性格なので細かく量ることはなく、パッケージの内容量の表示を見て適当に作るというスタイルです。それに味噌は、麹が多ければ甘口に、塩が多ければ辛口に、寝かす時間が長ければ赤味噌に~と様々なので適当でも何とかなります(笑)。
圧力鍋があると簡単にこの大豆も煮ることができるのでしょうが、我が家には圧力鍋というファンシーなものもスロークッカーもありませんので、普通の鍋で煮て、煮た後は熱々の状態の鍋をタオルなどで何重に巻いて保温してスロークック方式。とってもアナログです。これを2晩ほど続けたところ大豆は倍以上の大きさになり、指でつまむとほろりと崩れるくらいの柔らかさになりました。








さて、大豆がいい感じになったところで味噌の仕込みを始めます。最近は麴ブームも手伝ってこちらの日系スーパーでは乾燥麹が簡単に手に入るようになりました。それも米国現地生産なので値段もそれほど高くないのがいいですね。これで甘酒なども作れるので重宝します。お塩の方はやはり少し高いのですが、にがり入りの日本の海水塩を使うことにしました。
大豆がある程度熱い状態で作るのがいいということなので、仕込みの前にもう一度鍋に火を入れて熱くなったところで作業を始めます。まず最初は大豆をつぶします。以前は我が家にはフードプロセッサーもなかったので手作業で大豆をつぶしていましたが、これがかなりの重労働でした。しかし~今はフードプロセッサーがあるので大量の大豆もあっという間にペースト状態にできました!







アツアツのペースト状になった大豆に、乾燥麹、塩を混ぜて練っていきます。乾燥麹はその名の通り、思いっきり乾燥しているので大豆の煮汁を加えながら適度に調整して、ねっとりとだんごができるような状態に練りこんで、しっかりと混ぜていきます。この作業中はもちろん80年代のアイドル特集がバックグラウンドミュージックです(笑)。
こういう練り練り作業は、なかなかヒーリング的な作業でいいですね。力のいる面倒なことではあるのですが、頭の中を空っぽにして手の触感を頼りに行っていると、何となくストレス発散ができているような気がしました。それに若い頃に聞いた音楽を聴くと、ふとした時にその時の楽しい思い出や苦い思い出が沸き上がってきて、現実逃避としてはなかなか面白いものであります。









しっかりいい硬さで大豆、塩、麹が良く混ざってまとまってきたら、味噌だんごを作ります。
(写真撮影はDさん)
これを作ると、味噌を容器に入れるとき投げ入れることが出来き、味噌の中に不必要な空間ができることを避けることができるとのことなので僕もそれを実行しています。その味噌だんごがすべてできたところで容器に移し替えしました。







全ての味噌だんごをこちらの容器に入れ、しっかりと空気を抜いてから上部に塩を塗り、カビができるのを防ぎます。完成したところで、ミスに気が付きました! 資料によると前に作った味噌を種味噌のようにして一緒に混ぜるとより風味深い味噌ができるとのことなのですが、すっかり失念してしまっていました。まあ、そのままでも問題はないはずなので良しとしましょう。
こんな感じで味噌を作りましたが、思ったよりも重労働でもなく90分ほどで完成しました。作ってみると作ったぞ~と言う達成感もあり、やる気がなくなかなかできなかったけれどどうにかこうして動いた自分を褒めてあげたくなりましたし、ストレス解消にもなりました。やはり疲れていて面倒くさいな~と思っている時は敢えてその気持ちに対抗して、面倒くさいことをやると結構いい気分になりますね。

この味噌が食べれるようになるのは多分半年以上後のことでしょう。その時はまた報告させてください!


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Dさんの父方のおじいさん、おばあさんはご存命です。しかし、そろそろいつお迎えが来てもおかしくないよと父方のおばさんから連絡があったのは数か月前のことでした。彼らは東海岸の方に住んでいますので、そう簡単に訪問できる場所ではありませんが、お葬式に参列するよりも生きているうちにあっておいた方がいいだろう~ということでDさん単独で訪問してきました。
おじいさんは98歳、おばあさんは97歳と、なかなかのご長寿ですが、おじいさんの方は心臓の方が悪くホスピスケアの施設で住んでおり、おばあさんは盲目になり食道系問題で要介護施設での暮らしとなっているそうです。おじいさんの方はアルツハイマーになっていて、記憶の方はあまり定かではないようですがDさんのことは何となく覚えているようだったそうです。

一方のおばあさんの方は、目が見えないし食事をとることができないのでチューブでの栄養補給となっているそうですが、頭の方は聡明でDさんのことをしっかりと覚えていて彼の誕生日まで記憶しているというものだったそうです。Dさんは久しぶりに父方のおばさんファミリーはとってもリベラルでとっても親切だったらしく、彼らと一緒の時間は心地よいものだったそうです。










さて、Dさん帰ってくる東海岸からサンフランシスコへのフライトは午後8時半の到着でした。この日は土曜日でしたので、僕が迎えに行くこととしました。そのついでに、夕飯はサンマテオの方で済ませてみようと計画しまして、こちらのコメントでDavidさんが、居酒屋銀次は日本人シェフ監修のレストランでして、炭焼きの焼き鳥が美味しいよ~と教えてくれましたのでそちらに行くことにしました。

こちらのお店は前から名前は聞いたことがあったのですが、今まで訪問したことがありませんでした。サンマテオという町はラーメンもその他の日本食もいろいろな選択肢があり楽しい街ですね!さて居酒屋銀次さんのメニューを見てみると、焼き鳥はもちろんのこと、定食、カレー、ラーメン、蕎麦うどんなどいろいろなものがあるようでした。
Izakaya Ginji

301 E 4th Ave,
San Mateo, CA 94401
人気店ということなので、おひとり様でしたが一応予約を取っていきました。お店に入るとその旨を伝え、一人なのにテーブルかカウンターのどちらもOKですよ~と快く迎えてくれましたのでテーブル席を選択。お店の中は炭焼きのいい匂いがしています。まずは焼酎のロックを頼みまして、焼き鳥を怒涛の如く頼みました。皮、ハツ、もも、ネギ、砂肝、大根サラダなどなど。

本当に炭火で焼いてくれ、焼き立てをテーブルに持ってきてくれるのでアツアツの風味豊かな焼き鳥を楽しめます。やはり炭火焼は美味しいですね~感激しました。Dさんのフライトは予定時刻よりも20分ほど早く到着しているとのことでしたので、ここで切り上げて空港へ。少し家から遠いですが、今度は絶対にDさんも連れてやってきたいです。値段は安くなく、これだけ食べて$100超えでしたが満足しました。

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元同僚だったJNさん。彼女は僕の同僚の中でアフターファイブをしてくれる数少ない相手でした。彼女は結婚して子供も生まれて順風満帆な生活をしています。現在は大企業に転職してしまいましたが、それでも僕と連絡を取ってくれていますし、そう頻繁ではないものの家族ぐるみのお付き合いをしてくれています。そして彼女はあのブサイク犬のUbeの飼い主であります。

彼女が旦那さんと両家の両親と一緒にハワイの方へ2週間ほど旅行を計画していました。そんな話を聞いていましたので、それじゃあUbeはどうするのと尋ねると、今預かってくれるところを模索中とのことでした。Dさんに伝えると、それじゃ~うちで預かってあげましょうということなのでそれを伝えると、彼女たちは大感激!そんな訳で2週間ほどUbeを預かることとなりました。
 
前回のワトソンの時も感じましたが、犬のいる生活はいいものの思っていた以上に世話が大変でして、僕達はまだまだ犬を再度迎える心の準備ができていないな~と言うのが感想でした。そして今回Ubeを世話してみて、再度犬のいる生活の大変さを認識したという感じです。まあ、自分の犬ならば我が子同様なのでその苦労も厭わないのかもしれませんけれどね…

Ubeは80パウンド、つまり36㎏もありまして、よだれも出すし、力も強くヘロヘロになりました。しかしながら、基本的にUbeは温和ですし、ワトソンほど甘えるようなこともなく、1日20時間は眠っているのではないかと思うくらい良く寝ますので、そこまで付きっ切りという訳でもありません。あまりにも静かなので、我が家に犬などいないかのような錯覚にも陥ります。








しかし、毎朝&晩犬の散歩をして、ご飯をあげて、糞尿の世話をして、ほぼ毎晩のように夜中に吠えたり、おしっこに午前4時に突然起こされたりしているといつもの生活サイクルが乱されますので精神的にも疲労感がやってきます。4時に起こされるのが嫌で、僕が寝る直前の午後11時くらいにおしっこにも行かせようとするのですが、熟睡していてなかなか起きずトイレに行かせるの一苦労。

それにCocoは顔的にも僕のタイプなので、僕も見ているだけで癒されました。Ubeはあまりにもブサイクでして、それに僕のタイプではない顔。タイプは人それぞれなのでこの顔が好き~と言う人もいることでしょう。まあそれなりに可愛いのですがやはりタイプでないと感情移入のレベルが変わってきます。人間の世界でもかわいい子は得をすると言いますが、犬の世界でもそうなのかもしれません(笑)。
これを言うとDさんは大笑いしますが、確かにUbeは容姿で損をしているかも~と納得してくれます。すまん!Ube. そんなこんなでお預かりの2週間が終了。楽しかったけれど、正直ほっとしている僕とDさんでした。そんな訳で、ワトソン&Ubeの2週間にも及ぶ犬のお預かりで経験したことは、犬のいる生活はそれなりに楽しいけれど他人の犬はやはり他人の犬。

自分の犬ほどの幸福度をもたらすこともなく、疲労感の方が強いので他家の犬のお預かりは1週間が限度かもね~なんて話していました。やはり僕たちにはいまだにCocoが最高の犬のようですね。ランチは近所のピザ屋さん。もう前からあるお店ですが、ランチスペシャルがあることに最近気が付きトライしたら、値段も安く美味しいので2人のお気に入りとなりました。

サラダが$4,ピザが$11という破格の値段、その上お店の雰囲気も良くきれいですし従業員の接客も申し分ないのでここはまた利用させていただくことになるでしょう!



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Dさんがビジネスディナーなので夕飯は1人で食べてね~と行言われた時から、僕の心は決まっていました!そう~牛角に行っておひとり様食べ放題をすることであります。米国では焼き肉のおひとり様が気軽にできるお店がほとんどありませんが、ここの牛角ならば安心しておひとり様ができるので、Dさんが出張などで僕が1人になるときは、ここぞとばかりに利用させてもらっております。

まあ、焼き肉の質から言えばそれほど大したことがないのかもしれませんが、韓国風ともアメリカンなBBQとも違う、日本風特有の焼肉はたまに食べたくなりますので、そういう時はここが使い勝手がいいですね。それにこちらのお店は1皿がそれほど大きくないので、おひとり様でもいろいろな種類を堪能することができるようになっているのが嬉しいところです。
 
貧乏性な自分の場合、食べ放題ですとでどれだけ食べても値段が同じということで、なんか得した感じにもなれ、気分も高揚してアドレナリンが分泌されて、アルコール無しでもハイな気分になれるような感じです。今回は仕事が終わってすぐにお店に到着したのでまたお客さんもほとんどおらず、自分のお気に入りの席で夕飯を始めることができます。

サラダ、キムチ、牛タン、ハラミ、ハンガーステーキ、サーロイン、リブアイ、カルビという感じでこれでもか~と言うくらい楽しませていただきました。本当にたくさん食べました!たらふくお肉を食べて本当に大満足。日頃かなり質素な食生活をしていますし、夕飯の外食などほどんと皆無ですから、たまにこういうことをして憂さ晴らしをすると精神的にもいい効果がありますね。








こういうことをすると自分でも感心するくらい本当におひとり様が好きだな~と思います。人に気を遣うことなく自分の好きなようにできるのって本当に気が楽なのです。仕事の後は特にそう感じます。しかしそう言ってもやはりSNSなどでいろいろな人に囲まれて飲みに行ったり外食しているキラキラしている生活をしている人を羨ましいな~と素直に思います。

若い頃は1人になるのが不安でしたので、無理にでもそういう仲間のもとへ集まっていました。人で選ばす、ただ単にゲイだから、日本人だからと言うだけの理由で集まっているといろいろなところにゆがみが発生していたような気がします。でも昔は時間は永遠にあるような気もしていましたので、そんな思いにも蓋をして突き進んでその場の楽しさに重きを置いていました。
そんな僕でしたが、年を取るにつれて自分の残された時間の限りを知り、時間というものがとっても貴重で大切なものと実感として分かるようになるともっともっと時間を大切に使いたいと思うようになり、自分のために、また一緒に居て自分が心地よい人だけを選んで時間を割くようになった結果、極端に限られた交友範囲&こんなおひとり様時間が増えてきたような気がします。

最近では以前あまり考えなかったネットでの繋がりにもそんな思いが感じられるようになりました。SNSで簡単に繋がって義理で付き合いを続けるよりは、自分にとってこの人とは繋がっていたいなと素直に思える人だけを選び、どうでもいいか~合わないな~という人はどんどん距離をおいてもいいのかもな~なんて考えています。

他人がどう思うかどう見ているのかなどはあまり考えず、他人に気を使いすぎず、自分の考えや価値を重視し、自分が心地良く楽しく暮らしていけることに重きを置くことはつまり、自分を大切にするということなのでしょうね。


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先日、職場の同僚からいい日本式のジャズバーを見つけたので一緒に飲みに行かないかい?と誘われました。同僚と言っても彼は部署が全く違う電子カルテの情報処理関係のソフトエンジニア的な部門の最高責任者。年齢的には同世代かな。前から顔見知りでしたしいろいろなプロジェクトではお世話になっている人なので、たまに話などはしたりはしている程度の仲でした。

しかしながら個人的にランチなどは一切したことがない人でしたので、誘われたときは少し驚いたものの快諾して行ってきました。米国でも仕事の後に仲の良い人が飲みに行くということもありますが、日本のようにごく頻繁に行われるものでもないですし、特に僕は仕事が終わったら一人にしてほしい派ですので、本当に仲の良い人としか仕事の後は一緒にアフター5には行きません。 他の同僚たちは僕よりもずっと交際範囲が広いので、当たり前な程度の誘いなのでしょう。僕として珍しい行動です。また、彼が見つけてきた隠れ家的な日本式のジャズバーというのも興味があったというのも一因です。当日オフィスで待ち合わせて、バーの方に向かいました。店内には行ってみると、その日本式のジャズバーというのは天井の高い作りのコンクリートの部屋に、木目調のカウンターやドアが取り付けられ、薄暗い雰囲気のある温かな空間となっていました。











お店は特注のスピーカーやアンプを取り揃え、レコード盤のジャズをかけているというものでして、6人以上の団体客は受け付けないというこだわりのあるお店でした。バーの方に目を向けると本格的なカクテルをそろえ、特に日本のウィスキーの品ぞろえには驚かされるものがあるラインアップでした。こういう細かく憎いこだわりは大雑把な米国では珍しいかもしれません。

日本でこういうジャズバーに行ったことがないので、どこがどうJapanese Jazz Barなのか、日本のウィスキーがあるからそうなのかと、はっきり言うことができないのですが、こういうレコードにこだわったジャズバーは日本の東京や大阪などの大都会にはにありそうですね。大きな店ではないものの天井が高く、暗く照明を落とされたお店には体で音を感じられくらいの少し大きめな音量でジャスが流れていました。
彼は仕事で疲れると家に帰る前に1人になりたくて、時々こちらのお店に来てカクテルを飲みながら本を読んでリセットするそうです。 確かにこのお店ならそんな贅沢な時間を過ごすことができそうです。そのあと家族の待つ家の方に戻るそうなのです。彼は奥さんと子供がいる幸せそうな家族の一員です。やはり幸せな家族がいてもたまに一人になる時間は必要だというのは同感です。

バーで僕はお互いこれと言った案件があるわけでもなく誘われるままこうして一緒に飲みに来まして、僕も彼もお互いがIntrovert(内向)的な人間であることを以前のexecutive retreatで知っていますから、きっと静かな飲み会になるのだろう~とは思っていました。確かに静かな飲み会ではありましたが、お互い不思議と話すことがたくさんあふれてきて意外なものでありましたが心地よいものでした。









彼も僕と同じ時期にExecutiveの役職になり、責任が極端に増えたのです。そんな訳で僕達は、近況報告から始まり、自分よりも優秀だと明らかにわかる部下を自分の不安や劣等感をひっそりとかくしてずにどうやって操縦していくか、チームワークの作り方、部署の立場上の孤独感、組織の中で誰を信用できる人がなかなかいないなどをいろいろと話したのでありました。

僕は彼が頭脳明晰でアメリカ生まれの自信家人間かと思っていましたので、こういう話が出てすごく意外でしたが、おかげで僕も彼も同じような悩みを持っているのだな~と言うこともわかり意外な一面ものぞけたような気がしました。彼の方も、僕の直属上司の猛烈Presidentの下でどうやってあの豪傑女子と一緒に働くことができるのかなどの質問もあり、それに僕の秘訣を教えてみると微笑みながら感嘆していました。
そんな感じでお互いの処世術などもシェアして勉強になったし、共通の悩みも見つけたりしたことにより、それらは大きな息抜きにもなりました。話は尽きることがありませんでしたが、お互い1杯だけということでしたのでお互いが1杯を飲む干す時に席を立つことにしました。僕は彼にこうして誘ってくれたことに感謝を述べると、彼の方は楽しかったねと伝えてくれました。

たぶん僕たちは、このアフター5があったからと言って頻繁に会うようなべたべた付き合いをこれから始めるとは思えませんし、たぶんこの飲み会も2度目があるかわかりません。ただ、こういう付き合いもなかなか素敵であるなと思え、僕もこれからは気になる誰かを誘って時間を作ってみたいなと思えるようになりました。
 





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先日、日系の団体JーSeiさんの方でファンドレイジングイベントとしてのカニ食べ放題がありましたので参加してきました。このイベントは毎年恒例のイベントでしたが、最後はコロナが大きな問題となる直前の2020年の2月でした。3月にはコロナのためロックダウンとなり、その後開催はなく今年の2023年が久しぶりの開催となりました。コロナ禍の変化としてはお持ち帰りもOKとなっていたようです。

メニューの方は、ダンジュネスクラブ、ガーリックヌードル、サラダ、パン、果物、デザート、ワイン、ビール、お茶などがありまして、これら(ワイン&ビールは別途)を好きなだけ何度もとりに行って堪能できるという、なかなか面白い企画となっていました。2020年の時はこのコミュニティスペースがいっぱいになるくらい人で埋まっていましたが、今回はそうでもありませんでした。
車でドライブスルー方式でのお持ち帰りのオプションもあったせいか、思ったよりも静かでのんびりとした雰囲気で、ジャズなどの生演奏を聴きながらカニを堪能することができました。蟹の方は臭みが全くなく、新鮮そのものだな~と思わせるハイクオリティの蟹でして、ものすごく美味しかったです。僕達は今季初めての蟹でしたので大喜びでした♪

前回にご近所さんから教わったように僕たちはちゃんと蟹はさみと、蟹用の細いスプーンを持って行きました。これのおかげですんなりと蟹の身をとることができまして、Dさんと暫し無言で一心不乱に蟹を堪能させてもらいました。ボランティアで働いている方たちもとっても親切で、和やかで素敵なファンドレイジングイベントでした。来年も参加させてもらいましょう♪



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この日記は昨日の続きです。
母を訪ねて3千里
リトルロックで夕飯
やはりこの母であった・・・
意外な反応我らがユナイテッド航空で家に帰りました~

夕飯に冬瓜
ワトソン君、家に帰る

アーカンソーに行ってきます
Bentonvilleに到着
家を出てから15時間後・・・
お義母さんの葬儀
ゴミ屋敷だった・・・



アーカンソーに行ったり来たりとドタバタ劇なこの数週間でしたが、やっと家に家の方に帰ります。5カ月の間に父親も母親も亡くしたDさん、弟くん、妹さんには大きなショックが心に残っているようで見ていて切ないものがありました。僕も母親を亡くした時はかなりの衝撃がありましたが、これで父親を亡くしていたら本当に立ち直れないくらい悲しみに暮れていたのだろうなと思います。
    
幸いDさんの兄弟は仲が良いので、力を合わせて問題なくこの困難を乗り越えていけることでしょう。僕は自分自身の兄弟とはそれほど近いものがないので、彼らの仲の良さを見ていると羨ましく思えるくらいです。それに弟くん、奥さん、妹さん、旦那さんは皆僕にすごくよくしてくれて感謝してもしきれないくらい素晴らしい人たちであることを再認識できました。

つらい出来事でしたが、これにより彼らとより近く感じられたのは大きな報酬です。さて、この日はこの家からカリフォルニアの家まで戻ります。約16時間の移動ですから覚悟して移動していきましょう。この素敵な別邸も暫く来ることもないでしょう。いい時間を過ごさせてくれてありがとうございます!









田舎町の別邸から、空港のある町まで3時間半の車移動。ここから、空港の町まで2~3か所、まずまずの規模の街を通り抜けますが、基本的にはどれも田舎町のレベルなので渋滞の心配はありません。そんな感じの道中なので途中ほとんど信号がなく車は快適に進んでいきます。最初はDさんが運転を買って出てくれたのですが、彼の運転を見ているとなんか怪しいのです・・・
まあ、単調な道ということもあるのでしょうが、精神的にいろいろあって疲れていて寝ていなかったのかも知れません。目がとろ~んとして生気もなく、いかにも眠そう、これはまずいのではないか?!と思いましたので、強制的に運転を変わって、残りの3時間は僕がほぼすべて運転しました。申し訳なさそうですが彼もそれによって少しほっとしているようです。

そういえば、この道中には白人至上主義のKKKの活動が活発な街を通り抜けたのですが、すごく微妙なビルボードなどがありまして結構怖いかも・・・と思ったりもしました。やはりアメリカ中央部分ですね。そんなドライブでしたが、問題なく空港のある町まで思ったよりも早い時間に到着することができました。第一関門突破ということで、飛行機に乗る前にランチを取ることにしました。












この街にはあまりいいチョイスがなかったので、僕達はこちらのステーキハウスの方にやってきました。メリーランドの方が中心で展開しているチェーンレストランのようですが、ランチですと、ステーキの他にサラダも、サンドイッチも、バーガーもありますので無難な選択かと思ったのです。お店の方はいかにもアメリカンな感じですが、清潔感もあり従業員の接客もすこぶるいいものでした。
3492 W Sunset Ave,
Springdale, AR 72762
Dさんは迷わずグリルチキンサラダ。僕は最初サンドイッチにしようかな~と思っていたのですが、ステーキハウスなのだからステーキにしなくては!と妙に使命感が湧き、前日に大きなプライムリブを食べたにもかかわらずニューヨーク・ステーキを頼んでしまいました。Dさんのグリルチキンは少し乾燥していて残念なものだったようです。

僕のステーキは激ウマ~!!という感じでもないのですが、無難に普通に美味しいステーキでした。










食事をした後は空港のあるBentonvilleのへ向かいました。レストランから車で15分くらいの距離でした。空港に到着してレンタカーを返却して、セキュリティチェックを通過すると、小さな空港なのであっという間にゲートに到着。今回も遅延の心配もなく、予定通り飛行機はアーカンソーの地を離陸しました。ここからデンバーに向かいますが、75人乗りのちいさな飛行機で約2時間のフライトです。
僕達は一応ファーストクラスでしたので、アルコール系のドリンクは無料でした。僕は泡ワイン、Dさんは赤ワインを頼みました。Dさんはここ数週間のことが頭をぐるぐると回っているようで、口数少なく、窓を眺めながらワインを飲んでいました。一体どんなことが頭を巡っていたのでしょう。大変でしたね。さて、そのうち飛行機は降下をはじめ、一面真っ白なデンバーに着陸しました。









デンバーでの乗り換え時間も1時間ほどでしたが、次に乗る飛行機は巨大なボーイング777でした。国内線のそれもデンバー&サンフランシスコ間で需要があるのかわかりませんが、ものすごく釣り合いなくらいの大型旅客機で、乗りこめる人員も267人ということでした。そんな人数が乗り込むわけですので、搭乗時間も国内線ではなく国際線のように45分前から始まりました。

こういう状況でしたので、デンバーに到着したらすぐに次の飛行機の搭乗が始まってしまったという感じでした。僕達はこの便もファーストクラスを予約入れていたのですが、まさかのポラリスクラスの、最新に近いフルフラットになるシートがあてがわれました。2時間のフライトでこのフルフラットは無駄に贅沢じゃないかい?とDさんと笑ってしまいました。ちなみにこのフライトも満席でした。
サービスの方は国際線のようでして、出発前のシャンパンサービスから始めって、夕飯のオーダーを聞き、カクテルサービスが始まった後は温かな夕食が提供されました。僕はタイカレーチキンヌードル、Dさんはよくわからないベジタリアンチョイスでしたが、両方とも満足いく美味しさでした。このフライトのアテンダントさんのサービスも問題なくいいものでした。

我らがユナイテッド航空、いい仕事をしていますね(笑)。僕は映画を見ながら本を読んで過ごしましたが、Dさんはやはり疲れがたまっているようでしたので、フルフラットを活用して横になって休んだようです。ほんの短い間だったのですが、横になれてだいぶ楽になった~と喜んでいました。そんな感じであっという間にサンフランシスコ空港の方の方に到着。次の日から仕事です。お疲れさまでした。






思いもよらぬ展開にお互い疲れ果てましたが、少しずついつもの生活に戻していきましょう。お義母さんの急逝ということもありコメント欄の閉鎖が長くなってしまいました。普通の日記になる次から再開しますのでお付き合いの方、これからもよろしくお願いいたします。

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母を訪ねて3千里
リトルロックで夕飯
やはりこの母であった・・・
意外な反応我らがユナイテッド航空で家に帰りました~

夕飯に冬瓜
ワトソン君、家に帰る

アーカンソーに行ってきます
Bentonvilleに到着
家を出てから15時間後・・・
お義母さんの葬儀



お義母さんのお葬式も終わりほっとした次の日は、お義母さんの家の方へ行って家の整理をすることになっていました。弟くんの奥さんが、張り切ってビスケット&グレービーの朝食をゼロから作り上げてくれました。このビスケット&グレービーはこの地方では定番の朝食のようでして、Dさんは大好きであります。僕は・・・通常まあ食べることができますとだけ言っておきましょう(笑)
基本的には朝ご飯でさえ食べない人間の僕ですから、朝からこのビスケット&グレービーを食べるのは至難の業ですが、本当に優しくて天使のような奥さんがすべて手作りで作ってくれたものですから、ありがたく頂きましたよ~。お味の方は手作りだけあって優しいものでして、それほど体に重い感じもせず美味しくいただけました。奥さんありがとうございます。








美味しい朝食を食べた後は、お義母さんの家の方にDさんと、弟くんと奥さん&妹さんで片づけにやってきました。僕はもちろんこちらの家には数回来たことがありますが、通されたのはリビングルームだけでした。それ以上は生前お母さんが頑なに侵入を拒んでいまして、誰として寝室にもその他の部屋には入ることが許されていませんでした。ですから皆さんにとっても未踏の地であります。

リビングルームでさえもかなり引いてしまい状況でしたので、ある程度の想像をすることができましたが、進入してみると想像をはるかに超えた異空間でありました。簡単に言っておぞましい空間。お義母さんはもともと綺麗好きだったそうですが、これらの部屋を見る限り物が捨てられない人間であったようです。テレビなどで見たことがありますが、これはそれ以上の酷いものでありました。
    
とにかく、床が見えないほどに高く積まれた訳の分からないもの、物、モノ・・・足の踏み場どころかベットの上にも高く積まれて、ベッドで眠ることなど不可能であろうと思わせるような状態でした。それに加え匂いがすごいのです。タバコ、糞尿、ホコリなど饐えた匂いが充満していて、この光景はトラウマになるレベルのすごい衝撃的なものでありました。

それでも何とかならないかとみんなで一生懸命片づけを始めたのですが、どれだけ片づけても全く片付いたように見えない状況でした。そんな訳で皆さん、飲んでないとやってられないようね~とビールやワインを庭で開けて酒盛りをしながらの作業となりました。しかし、やってもやっても見えてこない床、1日では無理だと判断しまして3時間後に片付け作業は終了しました。









僕から見てもこの家はもはや素人が片づけられるようなレベルにはないと思えました。やはりそれなりのお金を払って、専門の業者に頼んで片付けるのが妥当だろうな~とDさんも弟君も感じているようでした。しかしながら、すべてを業者に任せてしまうと、紛れ込んでいた思い出の品や写真なども一緒に捨てられてしまうことになってしまうことでしょう。
そういうこともあってDさんと弟くんは、法的な手続きがいったん落ち着く1か月後にまたこちらに集結して、できるだけの荷物整理をしようかと考えているようです。作業終了の後、僕たちは弟くんの別邸の方に向かいましたが、途中彼が新しく家を建てるつもりである広大な土地の方によってみました。こちらで弟くんが玄関がこちらで、リビングがこちらで~といろいろ説明してくれました。

一体どんなゴージャスな家ができるのか楽しみですね。
もしこの家を訪問する機会がありましたら、またこちらにアップしたいと思います!









この後は別邸に戻り、皆で洗濯。いや~着ていた服がお義母さんの家整理でかなり汚くなってしまったので、バイ菌が広がる前に洗濯しようということになったのです。あの家での作業はトラウマになるレベルですからそうした方がいいですな。それにしても、あんな家で介護者、医者、すべてを拒絶してまで暮らすとは、ある意味消極的な自殺に近い気がします。普通の生活をおくれなかったお義母さんが少し哀れです。
シャワーやお風呂に入ってスッキリした後は、夕焼けを見ながら本日の出来事とその対策についてワインやビールを飲みながら皆さんでのんびりと過ごしました。この日は弟くんの息子夫婦も、娘もミズーリの方に戻っていましたので、この家にいるのはDさん、僕、弟くん、奥さんの4人だけでした。前日の集まりが一転、静かな夕べとなりました。








そろそろ夕飯の時間になりましたので、出かける準備をしました。この日は4人でこの地域でもちょっといいレベルのレストランの方へ行ってきました。値段的にもサンフランシスコベイエリア級の値段であります。山小屋ロッジ風の店内は天井が高く木目調でまとめられ、温かみの感じられる空間になっていました。店員さんの教育も素晴らしく、安心して食事ができそうです。
384 Lodge Lane,
Norfork, AR 72658
しかし~もちろんのことながらお客はすべて白人!他の人種は皆無でありますから僕としては少し緊張します。やはりここはアメリカの真ん中ですな。まず最初はワインを開けて、お母さんの人生に乾杯。弟くんがおすすめのワインでして、とっても美味しいから~というのでワインの味もわからない僕が飲んでみましたが、確かにいつもの安ワインよりも素晴らしい香りがしました。







まず最初にサラダがやってきまして、僕達はメインにこの日のスペシャルのプライムリブを頼みました。弟くんの奥さんだけは、地元魚のウォールアイを頼みました。プライムリブは16オンスですから453g、かなりの大物でしたがあまりに美味しくて全く問題なく平らげてしまいました。本当に美味しいお肉でした!お母さんが亡くなって、お葬式までドタバタが続いて皆さん疲れていたのでしょう。
お葬式も無事終えることができて、ほっとできてしっかり食欲が戻り美味しいものを食べることができて、楽しい食事会となりました。この弟くんと奥さんは本当に素敵な方で僕にすごく気を使ってくれ、家族なんだな~と言うことを感じさせてくれる人たちですので、僕も彼らと一緒に居る時間は素直に楽しめました。こういう家族ができたことはラッキーであります。

食事の後は家の戻り、またワイン&ビールを開けて夜更けまで雑談をしてから床に就きました。
明日はカリフォルニアに戻ります~。


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アーカンソーに行ってきます
Bentonvilleに到着
家を出てから15時間後・・・



アーカンソーに来て最初の朝がやってきました。アーカンソーとカリフォルニアの時差は2時間。現地が朝7時だとしても、カリフォルニアはまだ朝の5時。そういう時差ですのでもっと遅くまで寝てしまっているかな~と思ったのですが、夜明け前に目が覚めてしまいました。前の日に午前2時半起きだったので体内時計が思いっきり狂ってしまっているようです。
   
まだ誰も起きていないので、静かにキッチンに侵入して紅茶を作って東の空から登る朝陽をのんびりと眺めていました。この夜明けの風景を写真にとって収めたいと思いまして、バルコニーの方に出てみたら、激寒でした。この時気温マイナス7℃。なかなかの寒さです。でも、空気が綺麗ですし辺りがひっそりと静まっているので、この寒さが何となく心地よいものでもありました。

日が昇った後に、小高い丘の上にあるこの家から川沿いの平地を見てみると鹿の群れがいました。完全に野生の鹿ですね~。ハンティングが好きな人間が多いこの土地ですから、そういう危険性がない我が家の近所にいる野生の鹿よりもずっとサバイバルスキルが高そうに見えます。こんな景色を見ながら、ブログを更新してのんびりと過ごしていたらDさんも起きてきました。










彼は断然コーヒー派ですので、起きてきた弟くん夫婦と一緒にコーヒーを作ってリビングルームで束の間の朝の優雅なひと時を楽しんでいるようでした。しかしこの日はお義母さんの葬儀が執り行われる日であります。Dさんも弟くんも少し緊張しているようでした。もちろんのことながら米国の葬儀は日本のものとかなり異なります。簡単にまとめますと、まず最初にビジテーションと言うものが1時間ほどあります。

これは、葬儀の前に最後のお別れをするために人々がやってきます。そのため式場の奥にある棺の蓋が開かれ、訪問者がご遺体に最後の挨拶、面会をすることができるようになっています。その後、式が執り行われ、終了後に棺が霊柩車に運ばれ、墓地へと向かいます。墓地に到着すると墓地には棺を埋葬する穴が掘られており、最後の短い式があり棺が埋められて式が終了するという流れであります。
さて、ビジテーションの時間が迫ってきましたので、皆さん着替えて葬儀会場の方へ向かいました。田舎の街のごく普通の主婦ということもあり、格式ばったものは何もなく葬儀用の服装と言うよりもカジュアルだけれど黒などを基調にした暗い色系でまとめた服ならいいようです。いざ葬儀会場に行ってみると、もう既に葬儀の準備ができていまして、お母さんは棺の中で静かに眠っていました。

あのお義母さんのイメージとは異なりますが、彼女はピンクが大好きでして、生前葬儀はピンクを基調にやってほしいと言っていたそうです。そのため棺も白をピンクのものでまとめ、周りの花もピンクの花が飾られていました。ビジテーションが始まる前に、家族の皆さんがお母さんに最後の挨拶をします。彼女の顔を見るとやはり泣き出してしまい人もいました。









僕の番になりお義母さんの顔を見ると、きれいに化粧をして髪も整えてあり綺麗な服を着ていました。僕は彼女がすっぴんで、ぼさぼさの髪と寝間着の姿しか見たことがなかったので、お義母さんのなかなかの美人じゃないですか~とこの姿には驚きました。お母さんの特異な性格から、ビジテーションに来てくれる人がいないのではないか、葬儀に参列してくれる人がいないのではないかとDさんは心配していました。

しかしビジテーションの時間になるとしっかり街の人がやってきてくれて、Dさんもほっとした様子。みなさんはDさん、妹さん、弟さんと短い会話をし、お義母さんに最後の挨拶をしてくれました。僕はこの会場ではかなり異質な存在…式場の隅でひっそりと隠れるように座っていました。ビジテーションの時間が終わり、葬儀が始まりました。ビジテーションに来てくれた人は皆さん葬儀にも参列してくれました。
弟くんはこの式のために牧師さんと話し合って、お義母さんは人格的にもかなり特異な人だったが、今回はネガティブな要素は一切入れず、すべてポジティブな話だけをしようと決めたようです。最初に祈りが入り、牧師さんがお母さんがどんな人だったかを話します。そして弟くんがお義母さんがどんな人だったか、貧しい環境の中でどんなに頑張って夫を支え、子供を育ててきたかを楽しいエピソードを交えて話すと、涙する人の顔にも微笑みが浮かび、彼女のいい思い出だけが目の前に浮かんでくるように感じているようでした。

途中、彼女が好きだったというキリスト系の歌が流れたりして、1時間ほどの短い式でしたが終始穏やかに優しく時間が流れました。式が終わった後は墓地の方に移動して再度牧師さんによる短い式があり、お義母さんの棺は地中の奥深くに埋葬されました。これにて葬儀のすべては終了。子供が3人で協力してまとめた、こじんまりとしていましたが穏やかで優しくいい葬儀だったともいます。

家に帰る前に、お母さんの住んでいた家の方によってみましたが、あまりの混沌ぶりにこの日は手を付けることはしませんでした。









この日は軽い朝食をとっただけなので、皆さん家に帰るとお腹がすいていました。教会の方たちが家で食べてくださいとたくさんの食べ物を用意して持たせてくれました。野菜スティク、チーズ&ハムなどのコールドカットの盛り合わせ、チップス、それに自家製の鹿肉で作ったサラミなんかも持たせてくれました。ここの教会はお義母さんの世話もすごくよくしてくれたそうです。

こちらでは、教会の力が強大ですが、その分コミュニティーの世話をするというところでは本当に献身的に行動しているようです。これらの食べ物に加えて、弟くんの奥さんもラザニアやパスタなどの手料理も用意してくれましたので、精進落としではないのですが親族すべてが弟くんの別邸に集まりカジュアルな食事会となりました。
ワインやビールを開けて、大騒ぎとは言いませんが日本のお葬式の後とはまた違った明るさのある食事会。アーカンソーは保守的で白人がNo1的な考えの人が多くまた、すごくLGBTには否定的だと言われますが、親族とその友人の集まりということもあってか皆さんすごく親切で思いやりのある人たちでして、内向的であまり人との付き合いを好まない僕でさえ、とってもいい時間を過ごしたな~と素直に思えました。

ここにいる人たちはお義母さんのがいたからこそ集まることができたのだな~と思うと、彼女の人生に感謝したいです。



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アーカンソーに行ってきます
Bentonvilleに到着


カリフォルニアの家で起床したのが午前2時半。家を出たのが午前3時半。そしてそこから車で空港へ向かい、空港からまず最初はデンバーへ向かいました。2時間半ほどのフライトでデンバーに到着。デンバーで1時半ほどの飛行機の乗り換えがあり、その後はBentonville行きの飛行機で2時間弱のフライト、そこからレンタカーで3時間ほどのドライブで、やっと弟くん別宅へ到着しました。本当に遠いです。
今回はお義母さんの葬儀ということで、弟君もこちらに来ますし、お葬式の後はみんなで食事をしようという話になっていたので、弟君宅にお邪魔することになりました。こちらの別邸からお義母さんの住んでいた町までは車で45分ほどですので、それほど離れていないですし、僕達も何度かこの眺めの良い別宅には泊りに来たことがあります。 








到着してみると弟君たちはまだ来ていませんでした。彼らはミズーリ州の本宅から車で4時間ほどかけてこちらに来るそうなので、先に夕飯を食べていてくれとのことでしたので、こちらの泡ぶろに入って、ビールを飲んで先にリラックスさせてもらいました。リビングルームの窓からはゴージャスな夕焼けが見えました。素晴らしい景色に暫し旅の疲れが癒されました。

こういう別邸を持っている人を時々見かけます。車で3時間も4時間かけて週末に過ごすために使う別邸ですが、僕達はどちらかと言うといろいろなところへ旅行へ行きたい人種なのでこういう別宅にはあまり興味がありませんでした。しかし、いろいろなところよりも気に入った場所で時間をのんびりと過ごしたい人にはこういう選択肢もありなんだな~と弟君を見て感じました。

こんな素敵な場所で家族とのんびり週末を過ごすなんていいものですね。










お風呂に入って旅の疲れを癒した後は弟君たちが到着する前に夕食を済ませることにしました。この弟くん別宅のある場所はかなり辺鄙な田舎ですが、景色も良く河も湖もあることからリゾート地区として有名らしく、弟くんのように少しリッチな人が別宅を持ったり、観光としてやってきたりするのでまともなレストランが数軒あるのです。今回僕たちが選んだのはこちらのお店。

宿がやっているレストランという感じです。ステーキからパスタまでそろえてあるお店ですが、味の方は良いというネットでのコメントがありましたので安心です。お店の方には行ってみるとなかなかの混雑ぶりで、僕達は窓際の席に案内されました。こちらのレストランは窓から湖が見えるそうです。次回は昼間にも来てその風景を楽しんでみたいですね~。
Whispering Woods Cabins Cabins & The Grill
4245 State Hwy 177,
Jordan, AR 72519

Dさんはハッシュパピーと言う、コーンでできた粉を練って揚げた、この地域では皆さんが好きなおつまみを頼み。僕は最初に野菜サラダを選択しました。メインにDさんはワイルドマッシュルームのラビオリ。僕はこの地域でとれる淡水魚のウォールアイのレモンバターソテーを頼みました。Dさんのラビオリはたくさんのキノコが入って絶品だったそうです。

僕のウォールアイは、軽い白身魚でとっても美味しいものでした。大満足で食事をした後は家に帰りました。家では弟君たちが到着していて、僕達を大歓迎してくれました。僕達はここで酒盛りをして、Dさんはかなり酔ったみたいでした。長旅で疲れて、大量のアルコール摂取、ゴジラのようなイビキをかいて寝ることとなりました(笑)。





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アーカンソーに行ってきます





デンバーでは1時間のレイオーバー。1時間ですとあっという間ですね。巨大なターミナルの端から端への移動で、次に乗る便のゲートに到着したと思ったらもう搭乗が始まっていました。デンバーからBentonvilleへは75人乗りのちいさな飛行機です。予定より早めに搭乗ゲートが開きまして、僕達も飛行機に乗り込みました。
この飛行機に乗り込む人を見て大きな違いに気が付きました。前回のリトルロック行きの飛行機に乗り込む客はいかにもアメリカの真ん中に住んでいそうな人でしたが、今回はリベラルな街への便ということなので、乗り込む客がラティーノ、アジア人、黒人とバラエティーに富んでいて、白人もこちらの学園都市・バークレーに住んでいるような独特の雰囲気のある人たちでした。









同じアーカンソーでも街によってこうもカラーが変わるものなのですね。さて、飛行機は予定より早めにプッシュバック。今回のフライトも僕たちの担当のアテンダントさんはとっても親切でテキパキ仕事をこなす感じの方でした。僕達はお義母さんの人生に~とシャンパンで乾杯してみました。悲しい旅ではありますが、お義母さんがいたからこそ、このDさんに出会うことができたと思うと素直に彼女に感謝したいです。
2時間欠けるくらいで僕達はBentonvilleの空港に到着しました。僕が少し驚いたのは、こちらの空港の方が綺麗で規模が大きいということでした。やはり天下のウォールマートの本社があるということで、空港の方も州都があるリトルロックの空港よりも充実した感じになっていました。やはりお金がある街はこういう施設も充実しているものなのですな。





さて空港の街、Bentonvilleから今回の宿泊先であるDさんの弟くんの別宅までは、車で3時間半の旅です。僕はシャンパン1杯だけでしたが、Dさんはその後ワインを数杯飲んでいい気分になっていました。それに今回は、お母さんのお葬式ですからDさんにはワインをたくさん飲んで好きなように過ごさせてあげようと思っていましたので、僕が運転をすることを言っておきました。
しかし~こんな雪の降る街とは知らなかったので、慣れないレンタカーでの運転は少しだけ緊張しました。どうも数日前に大きな嵐がきて、一気に雪を降らせて言ったとのことです。デンバー並みに雪が積もって寒い街となっています。一応道路は除雪してあるので問題ないのですが、ところどころ凍っているところがあるので気が抜けませんね。








この時点で現地時間午後1時、カリフォルニアでは午前11時となりましたのでランチを取ることにしました。僕たちが選んだのはこちらのアメリカンなお店でした。バーガー、ステーキ、パスタなど何でもあるお店ですが、ネットの評判を見てみると味の方はいいとの評判ですのでトライしてみました。店内に入るとお店は天井が広く、従業員は皆さんすごく親切でいい感じです!
1636 S 48th St #5880,
Springdale, AR 72762
   
Dさんはアップルウォールナッツサラダ、僕はBBQリブを頼みました。Dさんのサラダは新鮮な野菜に、軽めのドレッシングですごくいいお味だったそうです。僕のBBQリブの方は、フォークでお肉がほろほろになるくらい柔らかくなっていて口の中でとろけるような食感です。BBQソースが僕の好みよりも少し甘すぎる感もありましたが、総合的には大変美味しいものでした。

こんなランチでしたので、僕もDさんも大満足でした♪ しっかりと美味しいランチを食べたところで、ここから3時間のんびりと雪の街を運転していきます~。




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お義母さんの葬儀が執り行われることになりましたので、仕事の方は休ませてもらいDさんとそちらの方に参列するべく、急遽飛行機の席をおさえアーカンソーの方に向かうことになりました。いつもはリトルロック経由で行きますが、今回は直前ということもあり席がほとんどなく、値段もべらぼうに高かったのでアーカンソー州の北西の街Bentonvilleを経由することになりました。

この町はWalmartの発祥の地で、産業も栄え大学がある町なので保守的なアーカンソーの中では異色のとってもリベラルな町なのだそうです。しかし、この町経由で行きますと飛行機の便の乗り継ぎのスケジュールで、僕たちはサンフランシスコ空港の方でかなり早い時間の便からスタートしなくてはいけないのです。僕達に選択肢はありませんでした。
フライトは午前五時。搭乗時間は午前四時半でありまして、逆算すると家を出る時間は3時半、したがって起床時間は午前2時半となりました。そんな訳ですので、前の日は早めに夕食を取り、早めに就寝しようと心がけましたが、やはり午前2時半の起床は結構きつかったです。それでも予定通りに車に午前3時半前に乗り込み、なんとか4時少しに空港に到着。こんな早い時間の空港は初めですが、ガラガラでした(笑)。








飛行機の方は朝早い便ということもあって、たぶんこの飛行機は前の日からもう空港に到着していたのでしょう。遅延もなくオンタイムでの出発!しかし、急遽使用飛行機の変更があり、デンバーまで2時間半ほどの短いフライなのに、フルフラットになる国際線Polaris仕様のいい飛行機になっていました。僕達は今回少しいい席のチケットを購入していたので、この変更は大歓迎でした。
午前五時、飛行機は予定通り離陸。フライトクルーはデンバーベイスでとっても親切で素敵なサービスを提供してくれました。日が昇る前の時間ですが、2人ともシャンパンで朝食をスタート。Dさんはベジタリアン朝食。僕はガッツリアメリカン朝食を選択しました。お味の方は驚くことに結構おいしくて、2人ともいつも朝食は食べないのに完食してしまいました。窓からは綺麗な渓谷も見えました。









今回の旅のお供となった本はこちら。家を出る前にタイトルで何となく選んだのですが、読んでいて確かに自分はどれだけ伴侶のことを知っているのだろうかと考えさせられるものでもありました。
    
映画の方はベットミドラーのBeaches。Dさんと付き合い始めた時に家で一緒に見た映画です。久しぶりに見たけれど、やはり悲しい。Dさんは、本と言い映画と言い何で悲しいものばかり選ぶの?と聞いてきて、初めてあぁ~確かに2つとも死が主要テーマの一つとして入っている物だなと気が付きました。やはり、お葬式への参列の旅ですから、楽しいものは選べなかったのかもしれませんね。










映画が終わるのと同時くらいに飛行機の方はデンバー空港の方に到着しました。フライトは時間通りだし、アテンダントさん素晴らしっかったし、飛行機の席もゴージャスだったし、最近の我らがユナイテッド航空、ハズレが少なくなっているような気がします(笑)。さて冬のデンバーは雪で覆われていて、気温もマイナス6度ということなのだそうでとっても寒そう。
空港はコロナは過去の出来事だったかのように、マスクをする人もほとんどおらずごった返していました。僕達はここで1時間ほどの乗り継ぎ時間を経て、次の便でアーカンソーのBentonvilleに向かいます。


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夕飯に冬瓜




お母さんの訃報が届き、かなりショックを受けていたDさん。仕事にも身が入らず、いろいろと考えてしまい、何も手につかない様子でした。僕も仕事を早く切り上げて家に帰ってきました。夕食はあまり食欲もないとのことでしたが、気分転換に外での食事を勧めまして、何か食べたいものがないか聞いてみると、こちらのお店のピザを食べたいとのことですので行ってきました。美味しいものを食べて少しでも元気が出るといいね。

お義母さん最後はこんな感じだったそうです。僕達がアーカンソーから帰ってきて2日目に、前の日記に書いたようにお母さんの様子がおかしく、妹さんと75歳の叔父さんが慌てふためいて救急隊を呼んだところ、救急隊が到着した時お義母さんは、生気を取り戻し救急隊にも妹さんにも叔父さんにも悪態をつく状態で、皆に呆れられていました。もう二度と面倒見るか~と言われもしました。
  
そんなことがあった次の日ですが、やはり妹さんと75歳の叔父さんは放っておくことができず、次のまた、ありがたいことにお義母さんの様子を見に行ってくれたそうです。その時は前日よりもいっそう、お義母さんの様子はかなりおかしく言葉をまともに発せず、視点が定まらない状態だったので前日に倣い再度救急隊を呼んだそうです。田舎町ですから、救急隊が車で15以上かかったようです。

そしてこの日は、救急隊が到着しても彼女は生気を戻すこともなく、ぐったりとしてしまっていて救急隊が一番近くの救急病院に彼女を運んだのだそうです。しかし、ここはアーカンソーの田舎町。街に救急病院も大型病院もないため、車で30分以上走った比較的大きな町の救急病院まで急行しました。しかし、彼女の心臓はそこまで持ちこたえることができませんでした。








病院までもう少しというところで、心肺停止。救急隊員が移動中の車内で彼女の蘇生を試みたそうですが、結局彼女は戻ってくることができず死亡が確認されたということでした。彼女の死亡が確認されてすぐに、妹さんは泣きながらDさんに電話をしましたが、かなりパニックの状態だったらしく、彼女を落ち着かせるのにかなりの時間を要したそうです。

その訃報のあとすぐにDさんは僕に連絡をしてくれました。Dさんは比較的冷静に事態を受け止めているように聞こえました。僕にとって彼女は義理の母ではありますが、冷たい言い方かもしれませんが、それほど仲良くしてもらったということもありませんし、彼女が亡くなったと言って多少のショックはありましたが、正直言ってそれほど悲しいというものではありませんでした。
仕事を終えて家に帰ってみると、Dさんが詳しく彼女がどんな状態でどんな経緯でどのように亡くなったのかを話してくれました。冷静に見えるようですが、すごくショックを受けているようで彼の辛そうな姿を見るとこちらも悲しくなってしまうくらいでした。やはりどんな親でも、自分の実の親が亡くなるのは心に大きな穴があいてしまうものなのですね。

そんなことを話したりしている脇で、ワトソンは気持ちよさそうに熟睡していました。彼の寝顔はこの痛みを少し和らげてくれる効果があるようです。そして数日後、お義母さんの葬儀などの予定が決まりまして、行ってきたばかりですが僕たちは再びアーカンソーの方に戻ることになりました。Dさんは僕は無理して行かなくてもいいと言ってくれましたが、行くよ~というと嬉しそうでした。






そしてこの日は17日間の香港、Thai、シンガポール、台湾の旅を終えてイケメンパワーカップルのK&Tさんがワトソンを引き取りに戻ってきました。夜遅い便だったので、僕達はできれば次の日にしてもらえないかな~と暗に提案していましたが、彼らはすぐにでもワトソンに会いたかったらしく、空港からそのまま直接我が家の方にやってきました。まあそれも理解できますしね。
彼らを見たワトソンはもう歓喜の乱舞で彼らを大歓迎してくれました。ワトソンは確かにかわいいけれど、17日は結構長丁場でしたね(笑)。ちょうどいいタイミングで帰ってきてくれて少しほっとした僕とDさんです。さて、お葬式に参列するために、再度アーカンソーの方に戻ります。5カ月の間に父と母を亡くしたDさんは、気丈にふるまっていますがやはり精神的に消耗しているようなので、一緒に行ってきます。


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アーカンソーへ行ってお義母さんのお見舞いを無事済ませた次の日、僕は少し動物臭のし始めたワトソンをシャンプーしてあげることにしました。ご存じの方はご存じでしょう。この家を買った時ちょこっとリノベーション工事をしまして、ガレージの方にCoco専用のシャワーブースを作ったのです。こちらでCocoをシャンプーさせていましたので、Cocoより小さいワトソンは難なくシャンプーできます!

Cocoもシャンプーは嫌いでしたが、ワトソンの方もあまりシャンプーは好きでないようです(笑)。ちなみに犬というものはみなシャンプーが嫌いなものなのでしょうか⁉ とはいうものの、ワトソンの方はそれほど大きな抵抗をすることなく、シャンプートリートメントに身を任せてくれましたので、Cocoの時よりもずっと楽にできたような気がします。ワトソンは濡れるとラッコのようです。
また、Cocoの時もそうでしたが、いやなシャンプーが終わるとものすごくハイパーになるのですよね~(笑)。ワトソンの方も、シャワーが終わって乾かした後は、しっかりハイパーになって大はしゃぎしていましたので、シャンプーの後の気持ち良さはちゃんと感じているのかもしれませんね!すっかりいい匂いになったワトソン、気持ちよさそうに庭の日向で休憩させました。











話しをお義母さんの方に戻します。僕達が帰った次の日、Dさんは介護士、看護師、郡のソーシャルワーカーなどに連絡を取ってお義母さんの世話&看護の態勢を整えました。お義母さんはもう働いてはいませんが、年金や軍のリタイアメントなどで一定の収入も保険もあるようでして、それらもしっかり利用してDさんは仕事の合間に忙しくコーディネートしていたようです。

そんな次の日、Dさんの妹さんと75歳の叔父さんがお義母さんの御機嫌伺い&お世話に行ったそうなのです。すると、お母さんの様子がおかしく焦点が定まらず、発言も意味不明のことを言うようになり2人は軽くパニック。すぐさまDさんに電話をしてどうしたらいいのかの指示を仰ぎました。Dさんはすぐに救急隊に連絡を取るように言ったそうです。
そして救急隊がお義母さんの家にやって来ると、お義母さんの様子は一転して、いつものようにあの嫌味たっぷりの悪態を救急隊員、75歳の叔父さん、妹さんにつくのです。私はどこへも行かない~!お前らさっさと失せろ~!!みたいな感じでそれはもう、酷いものだったそうです。あきれ顔の救急隊員は、バイタルチェック(脈拍や基礎的な生体検査?)をしたら帰るから~と言うとそれを承諾。

そして何も問題がないことから、救急隊員は帰っていきました。すると今度は75歳の叔父さんと妹さんに悪態をついたそうで、なんで私の許可なくあんな奴らを呼んだんだ~!!とそれはもうえらい剣幕だったそうです。これに叔父さんも妹さんも憤慨!心配して毎日来ているのにあのBixchは何様のつもりだ~!!もう二度とあいつの面倒なんて誰が見るか~!!と家を後にしていったそうです。
 


   




この話を聞いてDさんも僕も呆れてしまいました。病気なのはわかるし、入院したくないというのもわかるけれど、もう70を過ぎているのだからせめて周りのみんなが彼女のことを心配してこうしていろいろやっていることを理解できないのだろうか?本当に介護士を受け入れることなどあるのだろうかと心配になってきました。本当に癖の強い、強すぎるお義母さんであります。

アーカンソーで僕達は、あまり体にいいと思えないようなアメリカ~んな食事をしていたので、この日はちゃんと家で作りました。鶏のひき肉と冬瓜をかつおだしでじっくり煮まして、醤油と塩で味を調えました。こういうほっこりした食べ物っていいですよね~。Dさんもこれは激ウマ~と喜んでくれました。メインはサーモンのグリルとインゲン豆の胡麻和えでした。こういうのが一番ですね!
食事の後、Dさんは弟くんと電話で今後のお母さんの世話の計画を話し合っていたようでした。この日のような悪態は珍しくもないですので、これからまだまだこんなドラマが続くのかと思うと2人とも先が思いやられるね~と嘆いていたようです。僕から見るととんでもない人、いわゆる毒親に見えるくらいの彼女の悪行をDさん、妹さん、弟くんから聞いてきました。それでもこの彼らにとって彼女は実母、やはり大切であり無条件に世話をしてあげたいと思うようです。本当にいいご子息さんたちです。











僕達がアーカンソーから帰って3日目、この救急隊への悪態&大騒ぎの次の日
お義母さんは逝ってしまいました。
享年75歳




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