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アメリカ西海岸の小さな町で 付き合い丸22年の2人
彼氏Dさん&台湾出身の元保護犬Cocoと共にひっそりと 慎ましく暮す男の
地味でありふれた 日常生活日記



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2012年6月23日土曜日
僕とDさんは24日に行われるPrideパレードの前夜祭である
ピンクサタデーという大騒ぎのお祭りを見物しに行きました

若さと熱気のあふれるCastroの街は人でごった返していて
皆さん悩みも何もかも吹き飛ばして浮かれ陽気に騒いでいました
僕たちはこの盛り上がりにちょっと驚き 若さって素敵ですね~と素直に感心したものです


2012年6月24日日曜日
日本で母が倒れ 救急車で搬送されました
父がその第一報を家で寛いでいる僕に知らせてくれました

この時点では何なのかあまりよくわからなかったのですが
医師の予想によると脳腫瘍だろうとのことでして
後日の検査で悪性の脳腫瘍ということが判明し

それももって一年くらいだろうとのこと
有効な薬もなく 手術しても多分再発するだろう
でも手術しなければ3か月の命だろうと宣告されました






2013年6月3日
父から母の様子があまりよくないことを知らされる
6月中頃出発の日本行のチケットを購入したのだがその日程では間に合わないだろうといわれ
急遽 6月初めのチケットも購入して日本へ行く 母の容態は思ったより安定していてホッとする

2013年6月15日
最初に買っておいたチケットがあるので 変更しようかそれとも
6月2度目の日本訪問をしようか悩んだが 結局2度目の訪日をする
もう意識はないものの母の容態は安定していて 一週間ほど日本滞在する

2013年6月25日:6月2度目の日本訪問から米国へ戻る
2013年6月26日:米国時間深夜 父から母が亡くなった知らせをもらう
2013年6月27日:米国から6月3度目の日本へ






そして今日 
2014年6月26日 発病から2年 闘病期間一年
そして 母が亡くなってから一年

あの時の日記を読み返してみたら 日本で母が息をひきとった頃 
Cocoが僕に何かを告げようとして奇妙な行動をしていたと書いてあった
Cocoは嫌がるだろうけど 今日は久しぶりにCocoと一緒に寝させてもらおうかな







先日 完治のできない命に係わる病気に診断された患者が僕のところにやってきた
彼の誕生日をチェックすると奇しくも父と生年月日がすべて一致していた つまり彼は72歳
彼は僕に死んでしまうのでしょうか?まだ死にたくないのですと切実に訴えていた 

彼の病状は正直ってあまりよくない さまざまな複合的な感染症で医師ももって一年と言っていた
全く関係はないのだろうけど 時期が時期だけに そして父と誕生日が一致することもあって
なぜかいつものように接することができず少し感情的になってしまいました




人の命ってあとどれだけあるのか全く分からない
年齢と今持っている病気&健康状態を鑑みて統計的な数字を出すことは可能だが
それはあくまでも統計上の数字で絶対的なものではない

だったら毎日の暮らしを大切に 楽しく過ごしたいものです
そう言いつつも やっぱりそれもそう簡単でないことです
でも そのことをなるべく忘れずに他人を大切にそして自分を大切に生きていきたいものだ・・・



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2013年は僕にとって全くいい年ではありませんでした
仕事の方は忙しかったものの落ち着いていたし
DさんとCocoとの関係も安定してよかったのですが

やはり母の死という大きな出来事がすべてを相殺して
それ以上のインパクトをもたらしたため
結局今年のバランスとしてはどうしても負のイメージ一色となりました










日本での大学生活で一人暮らしを始めたのをきっかけに実家を出てもう20年以上
ですから実家での生活 父母との生活はそれ以来ないため
長いこと自分の日々の暮らしの中で両親がいるということがないので

たとえ母が亡くなったとしても 特に米国に戻ってしまえば
もともとここの生活には居ない人だったので
彼女がいなくなってもこちらの生活ではそう極端な違いは見出せません












でもふとしたことで そうですね 例えば料理で聞きたいことや
定期的なお互いの会話ができない時 そして母が夢に出てきた時
あぁ…もう二度と彼女とは会えないし話せないんだと感じると

いまだに言いようのない切ない思いが体の中に沸き起こります
これってやはり親を亡くした者でないと理解することができないもので
僕も母を亡くして初めてこの辛い痛みを身をもって知るようになりました










あれから半年 自分の中では大丈夫!といい そう思っていますけど
あの人以外に無条件で自分のことを思ってくれる人はいないと思うと
やはりその喪失はまだまだ癒えていないものなのだなって感じることが多いです

ここに一つエピソードを載せてみることにしましょう
以前は何を書きたいのか?書くべきなのか?わからなくなかなか書けなくて 
半年たってやっと自分の言葉で書けそうなので残してみますIMG_1123.JPG母が亡くなって 葬式も済み米国の方へ戻る前日
父親に頼まれて何かを探して 母のクローゼット開けた時
クローゼットの奥にしまってある ビニール袋に入ったこんなものを見つけました

半透明ですから 中に入っている物が目に入りました
この外見から何となく中身は推測できましたが
まさかね~と思いつつ 半信半疑で中身を空けてみると~










ウサギとパンダのぬいぐるみが入っていました 
綺麗に洗ってあり かなりいい状態で保存してありました
これ 僕が小学生に上がるか上がらないかの頃 愛用していたヌイグルミなんです・・・

どちらかというと 車とか戦闘機とかそういうのにはあまり興味がない幼少の頃
もう昔のことですが言えますけど 怖がりで寂しがりの僕でしたので 
ベットで一人寝のお供としては彼らが付き添ってくれていました

このウサギは僕が大好きだった祖母が僕にプレセントしてくれたもの
パンダは上野動物園で家族と一緒にパンダを見に行ったときに買ってくれた
両方とも僕にとって思い出深いものでありました
このパンダ よく見ると肩の部分とお腹の部分に紺色の布で継いであります
実家には掘りごたつがあり 僕が間違ってこのパンダを落としてしまい
焦げて溶けてしまいまして 大泣きしたのです・・・

新しいのを買ってくれると言ってくれていたのですが
わがままな僕はこれじゃないと嫌だと言ってきかない
そんな中 母がこうしてパンダを応急処置してくれ 僕の名前も入れてくれたのです

それ以来このヌイグルミは僕にとって大切な宝物となりましたが
年を重ねるごとにこの大切なものの優先順位はどんどん下がっていき
すっかり忘れ去られ いつの間には気がつけば その存在の記憶にのぼらないものに・・・








でも母はこの僕の大切だった宝物を捨てることなく 洗ってきれいにして
自分のクローゼットの中にちゃんとしまってくれていたのです
これを見た時に 母の優しさっていうのか 無条件の愛ってこういうものなんだな~って

きっと母は 言ってしまえばこうガラクタになってしまったものにでさえ
自分の子供が好きで宝物にしていたものを捨てることができず
そんなものさえにも愛情を注ぎ 大切する心を持ってくれていた

これって自分が今まで母からもらっていたもののほんの一部にすぎないのだろうけど
これって逆に自分がどれだけ彼女に思われていたのかという現われなのでしょう
父親の愛情とは違う 母親特有の心って偉大だな

たぶんこんな風に自分を思ってくれる人はこの世にはもういないでしょう
そんなことを考えると もう胸が締め付けられ 一度でもいいからもっとちゃんと言葉にして
ありがとうって言っておきたかったな・・・




毎日こんなこと考えているわけではありませんけど
母が亡くなって こんな思いが巡ることは多々ありました
2013年の前半は母の病気の悪化で心が締め付けられ 後半はこの思いの繰り返し

本当につらい一年になりました
いまだ この事実から慣れていないし
癒えていないというのが正直なところです










おしまい★  

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この日記が母に関して 日本訪問記の一区切り
時間の経過とすると 葬儀などすべてが終わった次の日
日本の家族にも来年の一周忌までさようならをして米国へ戻る日でした

この一年で9回ほど日本へ帰りました
金銭的にも肉体的にも精神的にも
かなり苦しかった一年が終わりました








Kさんと牛タン&かき氷デートをした後

格安バスで東京駅から成田空港まで移動 最近成田エクスプレスよりバス移動が多い
¥1000だし 所要時間もほとんど60分で成田まで行くし 
当然のことながら地上を走るので景色も見られて気持ちいいし

到着場所が電車の地下何階ではなく チェックインカウンター階に来てくれるので気に入っています
この格安バスには今平和交通京成バスが参入しているようです
個人的にはバスが広くて トイレ付き  従業員の態度もいい平和交通の方が好きだな~










この日も バスは何の問題もなく予定通りに成田空港へ到着してくれました
米国から日本へ来るときはANAでしたが 帰りは残念ながらUALです
そうそう 行きのANA便はやっぱり段違いにサービスがよかったです

チェックインの時 座りたい席の希望を聞いてくれましたが 僕は12時間前に買ったチケット
その上この飛行機は満席だったため通後側の確保が難しかったとき
最後の最後まで調整をしてくれ チェックインの少し前にちゃんと通路側の席を確保してくれました





そして飛行機の中でも そのすばらしいサービスは続きます
UAだと 食事+ドリンクサービス たまに食後のドリンクサービスあったらラッキーくらいですが
ANAだとドリンク→食事+ドリンク→デザート(ハーゲンダッツ)→ドリンクサービス きめ細かい!

この違いはいったい何なんでしょう?(笑) 
それに 僕の席はオーディをシステムの不具合があり何度も試したのですがだめでした
どうせ映画も見ないし 寝てしまうだけだからいいや~なんて思っていたのです すると・・・
IMG_1181.JPG
ANAの美人のスッチーさんがどこか不具合がございますか?とサッサ!とよってきたのです
別に文句を言うつもりもなかったし そのままで言いや~と思っていたのにちゃんと客の行動を察知
すごいな~ そして何とかその不具合を直そうとしたのですがだめだったとき

何度も何度も謝られてしまい こちらが恐縮してしまうほどでした
そしてANAはこれだけに終わらず その後チーフパーサーがやってきてこれまた謝ってくれ
お詫びにと マイルかANAの旅行券を提供してくれました!

UAの人を人として扱わないようなサービスになれてしまっていた僕としては(笑)
過剰と思えるくらいのこの接客には逆に戸惑ってしまいましたが
やっぱりちゃんと客として扱ってくれるのはうれしいものです








ここまでやれとはいいませんけどUAもANAに少し近づいてほしいものです
他のアメリカの航空会社ってあまり乗ったことがないのでよくわかりませんけど
USエアーとかアメリカンもかなり酷いみたいですからこれは米国文化なのかもしれない・・・

話を戻して 成田空港では搭乗の時間が来て
日本から米国へ戻る 少し恐怖感のあるUALの飛行機の中へ
これまでに起こったさまざまなことを思いながら乗り込んでいきました
IMG_1184.JPG
幸い 飛行機はそれほど遅れることなく時間通りに日本を飛び立ってくれました
飛行機が日本を離れ 怒涛のごとく流れていったこの一年を考え
母 そして日本にいる家族のことを考えていると涙腺がゆるくなってきます

この時のUAのフライトは前回同様日本ベースの日本人客室乗務員が多数いまして
これだけ日本人がいればそれほどひどいサービスはないかな~と期待しつつ
ふと見てみると僕の目の前に座っているのは見たことのある顔でした









どこで会ったのかな~?と考えてみると あぁ~前回のフライトでもご一緒させてもらった
あまり癖のないとってもまともなサービスをしてくれる日本人アテンダントさんでした
そう思い出した時たぶん彼女も同じように僕のことを思い出してくれたみたいで

控えめに もしかして最近フライトご一緒させていただきましたか?と声をかけてくれました
僕は たぶん一週間前のSF→成田便で一緒だったと思いますというと
そうですよね~!確かあの時もこうしてお互い対面で座っていましたよねとお互い確認

よくお見かけになるので同業者かと思ったのですがそうではないのですね
いいえ 同業者ではありませんけど確かに最近よくUALの成田便に乗っています
お仕事か何かでよく米国には行かれるのですか?

いいえ 米国に住んでおりまして母の容態が良くないため日本へ戻っていたのですが
数日前 亡くなってしまったので最後のお別れを言いにまた日本へ戻ってきたのです

それはそれは 大変お辛いことでしたと話が進み ものすごく親身になってくれたのです






それで話が進んで行くと 彼女のお父さんも実は数か月前亡くなってしまったばかり
そんなこともあって お互い離陸時の対面座りの気まずい時間が
僕の今の心境をわかってくれる話し相手との貴重な時間になりました

その後 飛行機が安定して彼女は別のセクションで働かなくてはいけなくなり話はできませんでしたが
着陸時の時も 空港での荷物待ちの時も そして税関検査の時も
彼女は時間を見つけては僕を励ましてくれました 本当にありがたいことです







空港ではDさんもCocoも迎えに来てくれておりまして
今までの激動の一週間が終わり 家に帰ってきたという実感が
緊張を解き放ち (こんな感じで 笑)ホッとすることができました
IMG_1194.JPG
それにしても UALのアテンダントさん! いい人いるじゃないですか~!!
UAL少しだけ見直しましたので お礼のメールをカスタマーサービスの方へ送っておきました♪
ちなみに僕が戻ってきた4日後にアシアナ航空事故がSFO空港でありました








それにしても 母の病気の間 こういう時って家族の間に亀裂が起こって
誰が誰がと責任や負担を押し付けあうことが起こることが多いみたいですけど
うちの中ではそんなことは一切なく 逆に家族の絆を再確認することができたし

昔からの友人たち 同僚たちの温かい心遣いにとっても救われたし
Dさんの広く大きな心には本当感謝してもしきれないくらいだったし
飛行機の中では彼女のおかげで 気持ちが少し軽く感じることができ

自分って結構ラッキーな環境にいるんだなって素直に思えました
こんなにたくさんの人に助けてもらったことは忘れることなく
同じ人には返せなくても 自分の周りの人にはこの優しさを伝えていきたいものだ






最後に 母の好きだった松山千春
彼の数あるヒット曲の中でも有名な一曲を載せておきましょう
松山千春はあまり聞いたことがないのですがこの曲は知っていました
恋愛に関しての曲なんでしょうけど
何となく今の心境にシンクロナイズ
歌詞が気になりましたのでこれを選んでみました






おしまい

 
 
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人です。。。
名前:JapanSFO 男性 双子座

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